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ラノで読む 完全版をラノで読む A.D.2019.7.11 15 20 東京都 双葉学園 商店街 中華料理屋「大車輪」 「がーうぜぇっ! なんか辛気臭いんだよ溜まるなら別のところへ行けっ!」 拍手敬の働く中華料理屋は、なぜか通夜のような沈痛な雰囲気だった。 「お前らなー、あれだぞあれ。引きずるんなら家でやってくれっつーの。おかげで客がこねぇよ、どんよりオーラで」 全くもって正論だった。 「いやー、そうっすよねー。これじゃメシが美味しくないっすよー……」 「そうよね」 言いながら、二礼と春奈はチャーハンを食べる。 美味しく感じられなくても、一応喉は通るようだ。 「俺としては美味しく食べてもらいたいんだがなー……」 そう言って敬は店内を見回す。 二人だけではない。 菅誠司に市原和美。 敷神楽鶴祁、米良綾乃。星崎真琴、三浦孝和、そして遠野彼方。 明るく振舞ってはいるものの、あの件は未だに彼らの心中に影を落としている。 はあ、と敬がため息を大きくついたその時―― ドアが大きな音を立てて開かれる。 「いらっしゃ――い?」 倒れるように店内に駆け込んできたのは、風紀委員の腕章をつけた、眼鏡の少女―― 忘れもしない、先日に対峙し、そして敬たちに衝撃の事実突きつけた女だ。 「文乃先輩っ!? ど、どうしたんすかっ!」 「み、みず……」 「ミミズっすか!?」 「はいそこ、鉄板のボケかますんじゃねぇ……っと」 敬はコップに水を入れて持ってくる。 「あ、ありが……う」 文乃はコップを受け取り、そして一気に飲み干す。 「文乃さん、何があったの……?」 春奈が心配そうに覗き込む。 文乃は空になったコップを震える手で握り締めてうつむき、ややあって口を開く。 「騙されていたの……全ては、あの男……D.A.N.T.E.局長、時逆零次に……!」 文乃は話す。自分の知っていること、そして知った全てを。 零次の目的。 何故、祥吾を罠に嵌めたのか。 全ては――最後の永劫機、アバドンロードを手中に収めるため。 そして、全ての永劫機の力を持って、この二十年間を消去し、新しい時間をやり直すため――世界を破滅から救うため。 「世界を……救う?」 呟きが漏れる。 そのために。 そんなことのために……あんなことをしたというのか。 時坂祥吾を捕え、そしてそれをエサに……稲倉神無を捕えた。 仲間を思う心を踏み躙り、利用した。 「ふざけ、やがって……!」 孝和が、拳を壁に叩きつける。 「……ごめんなさい、私は……とんでもないことを」 「ううん、文乃さん。あなたは悪くないよ」 春奈が文乃の肩に手を乗せる。 「でも……信じられないっす。未来からきた時坂先輩だなんて……」 二礼の呟きに、誠司が言う。 「でも、じっさいにそうなんだろ。だったらそれが事実。馬鹿げた出来事なんて、私達は飽きるほど出会ってきた」 「っスね、今更っスよ」 市原もそれに同意する。 「普通だよね、そういうの」 「いや、それはない流石に」 彼方に真琴が突っ込みをいれた。 「時を操る永劫機、なら過去へ飛ぶものがいたとしても不思議は無い……か」 鶴祁が呟く。 「しかし……ならD.A.N.T.E.とは何なのだ?」 鶴祁の問いに、文乃は答える。 「私があのあと調べたところ……D.A.N.T.E.……国際風紀委員連盟。双葉学園からの出向者はいないが、様々な全国の学園から出向者がいるという……だけど」 「だが?」 「いないの。そういう人選は全て、架空だった。カラの人事異動。存在は確かにあるけど、実態は存在しない組織だった」 「そして、時逆零次の私設組織……と。ザルだな」 「ええ。そして、これを見て」 そう言い、文乃は懐からそれを取り出す。 「っ――! 生首!?」 綾乃が声をあげる。 「いや違うよこれ」 彼方が言う。それは確かに人間の首だった――ただし、機械の。 「ていうかどうやって懐にソレ入れてたんスか」 「私の異能で小さくして。いや、それはどうでもいいのよ。これは……私を追ってきた、D.A.N.T.E.のメンバーの首」 「完璧に機械……だな」 機械だった。 人間の皮膚を模した、合成樹脂製の人工皮膚の下から覗くのは、金属の鈍い光沢。 歯車と鋼線、滑車や発条が所狭しと、気が狂いそうな程の正確な無秩序さで組み上げられている。 サイボーグですらない、一から十まで、金属で作られた文字通りの機械人間(チクタクマン)。 「それが……時逆零次の軍勢。文字通りの傀儡、操り人形の軍勢か」 それが双葉学園に潜入している。 世界を救う――否、今の時間を滅ぼすために。 それは、捨て置けない事態だ。 「……止めましょう」 春奈が顔をあげる。 「文乃さんが、がんばって教えに来てくれたんだもん。ありがとう、文乃さん。 私達は、止めないといけない。この事件を」 「……」 みなが沈黙する。だがそれは、決して否定や拒否の沈黙ではない。 やるべきことはわかっている。 やらないといけないと理解している。 だが―― それでも、彼らの中に小さな棘が残る。 それは、祥吾の事だった。 利用されていた。 騙されていた。 だがそれらが明らかになったことにより、より一層――容赦なく、彼の罪は事実だと逆に知らしめされた。 もしかしたら、その全てが敵の罠ではないか、という――その希望も断たれてしまったのだ。 ……だが。 そういう事にこだわっている時ではない。 わかっている。 わかっているのだ。 「……確かに、この時代は間違っているのかもしれない。私も、そう思ったことはあるよ」 春奈が口を開く。 「先生?」 「せんせーさん……?」 春奈はずっと思っていた。 何故、子供たちが戦わないといけないのか。 子供たちを戦わせている大人たちは、一体何様なのか。 何が正しいのか。何が間違っているのか。 それで、正しいと思える答えなんて、出たことなど一度も無い。 だが、だからといって。 「でも、全てをなかったことにしてしまえなんて……それは絶対、間違ってるよ」 「否。間違っているのは、お前達だ」 無機質な声が、店内に響く。 「!?」 次の瞬間、窓ガラスをぶち破り、白い制服の男たち……機械人間(チクタクマン)が侵入してくる。 「っ!? D.A.N.T.E.……!!」 「こんなところまで……!」 文乃が歯軋りをする。痛恨だ。完全に撒いたと思ったのに。 「我らの崇高なる使命を邪魔する不穏分子よ。速やかに投稿せよ。さすれば悪いようにはしない」 「っ、けんな! いきなり押しかけて他人ン店ぶち壊しやがって!」 敬は叫ぶ。あとで店長にひどく怒られるのが容易に予想できて色々と泣きたくなる。 「悪いようにはしない……ね」 文乃が立ち上がる。 「世界を滅ぼすのが、悪いようにはしない? ふざけてるわ」 「滅ぼすのではない」 文乃の言葉に、チクタクマンは答える。 「やり直すのだ」 「同じ事だろ! 今生きてる人間はどうなんだよ!」 孝和が叫ぶ。 「そのようなもの――世界が正しく修正されるという救済の前には、どうでもよい。必要な犠牲である」 「……っ!」 その機械的な言葉に痛感する。 やはり眼前の敵はただの機械。説得どころか、論破もなにも通じない。ただ己のプログラムを遂行するだけの機械人形なのだ。 ならば、どうするべきか。 答えは―― 「いくぞみんな、ここは……逃げるっ!!」 敬は一目散に裏口に走る。そして皆もそれに続く。 「いや逃げるのっ!?」 「店を戦場にしたら店長に殺されるだろっ!」 「あははははそりゃそうっすよねーっ!」 「ああ、とにかく別の場所で迎え撃つしかないっ!」 A.D.2019.7.11 15 40 東京都 双葉学園 商店街 路地裏 走る。 路地裏を駆け抜ける。 その時―― 「あ、あのごめんなさい、こっちですっ!」 女の子の声がする。 路地裏のさらに狭まった道の方からだ。 その声の方向に入り込む。 積み上げられた箱の影に隠れ、息を潜める。 チクタクマンたちは、走って通り過ぎていった。 「……」 「……なんとかやりすごしたか」 「いや迎え撃つんじゃなかったっすか!?」 いい笑顔で言う敬に二礼が突っ込む。 「ばか言うな俺は一般人だぞ!」 「あ」 「そういえば」 「忘れてた」 「え? 拍手先輩てっきりおっぱい感知の異能者とばかり!」 さんざんな言われようだった。 「あ、そのごめんなさい。何か予定狂わせてしまったみたいで……」 「いや、気にしないでいい。助かったよ」 鶴祁はその声の主に向き直る。 「ん? 君は――」 鶴祁はその少女を知っていた。 永劫機コーラルアークの化身、コーラル。 「何故此処に?」 「ごめんなさい。その……感じたんです、不吉なものを……とてつもなく恐ろしいもの。 おそらく……もうひとつの、別の私……いえ、私達が、いる。そしてそれが……出てくる」 「もうひとつ……」 「あれじゃないか?」 誠司が言う。 「彼女が言ってた、時逆零次の話の……別の時間軸で永劫機を喰らいながら繰り返していた、という……」 「ごめんなさい、よくわからないけどおそらく……それで間違いないかと思います……」 確かに、文乃は見た。時逆零次が、幾つもの能力を使用したのを。 永劫機の契約者(ハンドラー)としてのさらなる境地。 永劫機を喰らい、取り込み、そしてその力を行使するという魔境の力を。 「それもまた、世界を滅ぼすという計画の……?」 「わかりません……っ、だけ、ど……っ」 コーラルが膝を突く。 息も荒く、全身から力が抜けている。 「おいっ?」 「……おそらく、その影響……私は……もう、実体化を保てなく……」 元々、コーラルは今現在、契約者がいない状態である。 前の戦いで残された僅かな時間の残滓を、セーブモードの状態で騙し騙しに使い、なんとか人の形を保っているに過ぎない。 時間はすでに尽きかけている。その上、より強力な異時間同位体の存在が、彼女の存在を圧迫し、かき消そうとしているのだ。 契約者がいるアールマティとは違い、ただそれだけで、もはやコーラルの存在は風前の灯なのだ。 「だから」 コーラルの体が淡い、珊瑚色の輝きを放つ。 「!?」 周囲がその輝きに包まれ、ここにいる者達全てが、その範囲内に入る。 そして、不思議な感覚が体を包む。 まるで。同化されるような、そんな違和感が。 「コーラル、君は何を――!」 「伝えてください――祥吾さんに。あの人の―――先生の、思いを」 自分にはもう時間が無いから、と。 コーラルは微笑む。 「あの人が――最後に、救われていたことを」 吾妻修三の物語を、此処で語ることは無益である。 彼の人生は、まさしく苦難の道である、ただそれだけの繰り返しでしかなかったからだ。 異能の力を秘めながら、しかし彼は師に恵まれなかった。故に、自らの魂源力を異能の顕現として花開かせる事はなく。 ただ彼は、武術のみを修練し、鍛え、技として身に着けた。 そしてその力で、弱き人々を救おうと戦った、ただそれだけの人生である。 かつて、今ほどに世界が怪異に満ちていなかった時代。だがそれでも確かに、世には怪異魔物が跳梁跋扈していた。 夜の闇に、日常の裏に、だ。 斬った。斬った。吾妻はひたすらに魔を斬った。 だが彼に与えられるのは、救えなかった人々の血、己を苛む無力感、そして――自らが救えた人々の、バケモノを見るような眼差し。 だがそれでもよかったのだ。 ほんの少しでも救えたなら、それでいい。 救えなかった人々がいるなら、次こそは救おうと、自らを鍛えた。 自らに救いなどいらぬ。 自らに安らぎなどいらぬ。 この身は異能の刃なれば、ただただ人々の安寧のために。 ただそうやって剣を振るってきた吾妻修三に、人の幸せなど訪れるべくもない。 だがそれでもよかったのだ。 自らが報われぬだけならば我慢できた。 同じように異能の力を持った同志同胞――そして、後に続く子供たち。 彼らもまた、報われぬ道を歩むならば。 力を持つ、ただそれだけで――血で血を洗う戦いに身を投げる道しかないというのなら! 自分は何のために戦ったのだ! 守りたかったのは、力を持たぬ人々だけではなかった。ただ多くの人々を、貴賎なく区別なく、ただ助け、守りたかった。 だが、世界は容赦なく人々を区別して、戦いに繰り出させ、殺していく。 力を持たぬ、ただそれだけで、守られるべき特権を得て。 力を持つ、ただそれだけで、命を賭して戦地に赴く責務を背負わされる。 それが権利か! それが義務か! ならば――自分の覚悟も、何の意味もない、ただの責任でしかなかったというのか! そう悟ってなお、吾妻は己の道を変えることは出来なかった。 戦いにしか生きてこなかった男だ。そう在るしかなかった。 だが――時は残酷だ。 彼の思いを削り、磨耗させていくと同時に、彼の肉体からも力を奪っていった。 戦い続けた男の身体は、最高潮を過ぎ、衰えていくばかりである。 しかし世界は戦いを彼に求める。 戦えないのなら、育てろと。 子供を鍛え、戦士に育て上げ、戦わせろと。 弱き人々を守るために。 世界を守るために。 彼らを犠牲にせよ――と。 ふざけるな!! 吾妻修三は激昂する。 弱き人々、ただ安全地帯から声高々に自分達を守れと叫ぶだけの人間たちと。 双葉学園で、大切な者を守るために力を鍛え、学ぶ異能者の子供たち。 どれほどの違いがある。 違いなどないのだ。 そう、違いなどないのなら。 生贄は、お前達でもいいはずだ! ――そうして。 吾妻修三は、一般人の生徒を襲った。 ただそこにいただけの少女。誰でも良かったのだ。そう、違いなどないのだから。 そしてそれを、懐中時計に秘められた、機械仕掛けの天使の少女への生贄とした。 間違ってなどいない。 間違ってなどいない。 守れと言った。世界を守れと。人々を守れと。 そのために、異能の力を持つ子らを犠牲にするというのなら。 その異能の力のために、一般人が犠牲になろうとも仕方ない。それは必要な犠牲だ。 そして吾妻は戦うのだ。 衰えた力の代わりに得た、新たなる力、永劫機によって、魔を討ち、世界を守る。 それの何処が間違っている? “俺が、この学校で……であった異能者の連中は、みな…… 自分で選んだ戦いに誇りを持ってた。みんな、自分で選んだ道だって言ってた。 そりゃ、俺がしらないところで、「そういうこと」だってあったんだろうさ” そんな吾妻に――立ち向かった生徒がいた。 “だけど、だからといって、全てがそうだなんて誰が決めた。 それでも……みんな、それぞれに守りたいものがあるはずだ。だから戦うんだろう、先生。 あんただって、そうだったはずじゃないのかよ!” 彼は、ただの普通の人間だった。 異能の力は確かに秘めていたのだろう。だが少なくとも、普通に育ってきた、普通の少年だった。 そんな少年が、妹を助けるために立ち向かってきた。 幼稚で愚かしい、陳腐な言葉を吐きながら。 ただただ――真っ直ぐに。 “そんな涙の流れない世界がほしくて――戦ってたんじゃないのか!?” それは。 かつて捨てた理想。かつて失った願い。もう遠く戻らない、祈りだった。 馬鹿馬鹿しい。笑わせる。 世界はそんなに奇麗事で出来ていない。 そんな都合のいいハッピーエンドなど――ありはしないのだ。 だが、それでも。 それでもそれは、誰もが望む少年の日の夢想であり――確かに吾妻が胸に懐いたもの。 幼い日、異能の力が自身にもあると知り。 それを発現させる方法も知らず、それを見出してくれる師もおらぬ中。 ただ、理不尽な魔から、人々を守りたいと―― ただ、泣いている誰かに、笑顔になって欲しいと―― ただそれだけを胸に懐いて、木の枝を拾い、日が暮れるまで振り回し、打ち付けた遠い追憶。 そうだ。 犠牲など欲しくなかった。生贄など押し付けたくなかった。 誰も傷つかない、そんな未来を望んでいた―― 吾妻修三は、思い出す。 かつての願い。かつての祈り。かつての――想いを。 ただ、思い出すのが遅すぎた。 “もっと早く――お前に出会えていたなら” 吾妻は思う。もっと違う道があったのではないか、と。 自分が道を踏み外す事も無く。 この少年が――自分の、教師の死という枷を背負うことも無く。 もう少しマシな道が在ったのではないか、と。 時間というものは残酷だ。だがそれでも――最後にこの少年と引き合わせてくれた奇跡には、少しだけ感謝したい。 だから。 “コーラル――” 吾妻は、自らが道具として虐げた天使に告げる。 “すまなかった” 謝る。そして、託す。この思いを。 “私の残された時間を――命を、お前の力で、あの娘たちに” どれだけの時間が渡せるかはわからない。 外に戻したところで、幾ばくも残されていないかもしれない。 現に、時坂一観の時間は――それがそう定められていたかのように、儚く消えかけていたのだ。 だがそれでも、戻さねばならない、返さねばならない。 その結果、自分が死ぬとしても、それは――罪に対する罰だ。 “何時の日か――あいつに伝えてくれ” 今すぐ伝えたところで、どうにもならないだろう。 ただの慰めにしか聞こえない。最悪、その言葉に逃げ込み、歪む可能性とてある。 今はただ、彼がまっすぐ育つことを信じる。 あの瞳、あの言葉を信じる。 自分のような過ちを犯さないことを、強く信じて。 “最後に、私は――お前に会えて、救われたと” それが。 時間共感の能力で、コーラルに記憶され、託されたメッセージ。 それを、コーラルは彼らに託して―― 乾いた音が、路地裏のアスファルトに響く。 そこにはただ、珊瑚色の懐中時計。捻子が切れ、針の止まった、動かない時計、ひとつ。 「何が、教師殺しだよ……」 誰が、そんな事を言ったか。 教師殺し。殺人者。犯罪者。咎人。 ちがう。これは、そんなものではない。 これはただの―― 「ただの、男同士のぶつかりあいじゃねぇか、くだんねぇ」 一人の教師と一人の生徒が、男同士がぶつかりあった。 その結果――間が悪く、片方が死んでしまっただけの、よくあるただの事故、ただの悲しい出来事じゃないか。 むしろ――吾妻は自らその命を断ったのだ。少女達から奪い、消費した時間を還すために。 そんなことで、そんな程度で立ち止まってくよくよするなんて、祥吾には許されない。 そんなことで、そんな程度の事故で祥吾を責め、そして自分らも悩むなんて、全くもって滑稽すぎる。 吾妻先生が見たら、きっと嘆いて、そして鉄拳制裁だ。 ――棘は消えた。 「征くか」 「ああ」 第八封鎖地区、地獄門。そこに時逆零次と神無はいる。 そして、きっと祥吾もそこに来るだろう。 零次をぶちのめし、神無を助けて、計画を止める。 実にシンプルだ。 「見つけたぞっ!」 チクタクマン達がそれを見つける。 相手はざっとみて二十体ほど。数が多い。 だが―― 「邪魔――」 「すんじゃ――」 「ねえっ!」 拍手敬が空中飛び膝蹴り 市原和美がドロップキック。 三浦孝和がラリアット。 三人が飛び出して、前線の三体を一撃で沈黙させる。 ついで、二礼や誠司も飛び出し、次々とチクタクマンを殴り倒し、蹴り倒していく。 油断していたのか、それとも最初からこの程度の実力だったのか―― あっさりと、チクタクマン達は沈黙した。 「弱っ」 真琴がそれを見て呟く。 「いや普通に強いんじゃないかな、あの機械たち。たぶん、みんなが強いんだと思うよ、それ以上に」 それに対して、彼方が言う。 だがその時―― 「なっ!?」 「地震……っ!?」 双葉島が、揺れた。 そして―― そして―――― A.D.2019.7.11 16 00 東京都 双葉学園 醒徒会室 「なっ、なんだこの揺れはっ!?」 藤神門御鈴が、クリームソーダを盛大に床にこぼしてしまう。 「あああああああああっ!?」 「にゃっ!?」 その御鈴の大声に、白虎が悲鳴をあげてソファーの下に隠れる。だがおしりと尻尾は出ていた。 「ちょっ、大変だよ、外ぉっ!」 紫穏が大声を上げて、あわてて駆け込んでくる。 御鈴は窓の外を見て、それを見て声を上げた。 「な……なんなのだあれは……っ!?」 A.D.2019.7.11 16 00 東京都 双葉学園 大学部 研究室棟 「ばかな、早すぎる」 語来灰児は、訪問していた研究室からそれを見ていた。 巨大な物体。 それが何なのか、一目瞭然だ。少なくとも灰児には。 「確かに再来を予測する声もあった……だが、あまりにも早すぎる」 それは二十年前の悪夢。 灰児は実際にそれをその目で見たことは無かったが、ラルヴァ研究でそのデータを幾度と無く目にしたことがあった。 そして、近い将来にそれが再び現れるという可能性を示唆したデータも。 「早すぎる……」 A.D.2019.7.11 16 00 東京都 双葉学園 住宅街 団地公園 「あっちゃぁ、ついにお出ましやなあ……今頃お偉方はどうしてはんのやろ」 それを目の当たりにして、スピンドルは苦笑する。 「神のご降臨~、と喜んどるか、それとも……ま、どうでもええか」 ラルヴァを心から心酔し神と崇めるもの、教団を隠れ蓑にただ己の殺人技術を使うもの、聖痕に属する者達のスタンスは様々だ。 だが、おそらくは…… 「やけど、誰も彼もが、無関心ではおられへんやろなぁ」 圧倒的な存在感。呼び起こされる根源的恐怖。 空を覆う、怪異の塊。 スピンドルは予感する。 きっと、今日こそが――審判の日。 怒りの日(ディエス・イレ)なのだ。 A.D.2019.7.11 16 00 永劫図書館 「――来る」 永劫図書館の司書である夢語りのアリス。 本を――そしてそこを通し、世界を視る。 歪みが来る。 恐怖が来る。 破壊が来る。 絶望が来る。 「ページを幾つも飛ばして……あれが、来る……!」 アリスの足元で、グリムイーターが不安そうに身を寄せてくる。 「ああ、世界よ」 アリスは語る。悲痛を。 「あなたは――望み、欲しているの?」 終わりを。 全ての終わりを。 だからやってきたのか、それは。 全ての終わりを――終わりの始まりをもたらすために。 A.D.2019.7.11 16 00 東京都 双葉学園 その日。 その時間。 それを、双葉学園の全ての者が目にすることになる。 巨大な、白く、大きな物体――としか言いようの無いもの。 双葉学園都市の閉鎖区画を砕いて現れたそれは、ゆっくりと宙へ浮く。 「……」 誰もが声を失う。 誰もが身を震わせる。 誰もが、空を見上げる。 それは、知る者が今は多くない、過去の遺物。 過去の、恐怖の形。 過去の、脅威の形。 魔を生み出す大いなる母胎。 嘆きの前兆にして破滅の凶兆。 その名は―― 「エンブリオ……」 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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ラノで読む 1 走る。 走る。 双葉学園島の郊外、山の中を少年はひたすらに走る。 年のころは十歳程度。野球帽を被り、ジャンバーに半ズボンといった、少年らしいいでたちである。 息を荒げて、時折獣のように四つんばいになりながら、ひたすらに走る。 いや、逃げる。 「はっ、はっ、は……!」 後ろを振り返る。 追っ手の姿は無い。 ようやく撒いた、と安堵し、少年は木に背中を預け、ため息をつく。 そして手に持っていたビニル袋を開き―― 木が爆ぜる。 周囲の枝が次々と火花を散らして折れ、砕ける。 その衝撃で少年は袋を落とす。 その袋の中から零れ落ちるのは、双葉学園の中でも一、二を争うと言われる超高級。 一日に十個限定生産、しかも流通する購買はランダム。 幻のパンと呼ばれる、「黄金の焼そばホットドッグ」である。 他にも、焼きたてカナダ産メープルシロップ入りゴールドマスクメロン果汁混ぜ込み黄金のメロンパン、 遠赤外線石窯焼きたて最高級黄金ピザパン、最高級の具材を集めた究極黄金カレーパン等があるという。 それらを作り、購買に卸しているパン屋の名を、疾駆する黄金のパン屋(ゴールデンダッシュベーカリー)。 そのパン屋の場所は誰も知らず、しかし確かに実在する。 双葉学園の都市伝説のひとつである。 噂によると、それは大量の猫(さらには醒徒会長の白虎も混じっているとか)が引く屋台であり、法定速度ブッ千切りで国道を走り抜け、しつこい客には追尾型ミサイルパンをお見舞いするという。 もしかしてラルヴァなんじゃないかともっぱらな噂だ。 閑話休題。 「そこまでだ子犬ちゃん」 声が響く。 藪をかき分けて現れたのは――純白の装甲に身を包んだ騎士。 もう一度光弾が撃たれ、それは少年が背もたれている木を中腹からヘシ折り薙ぎ倒す。 その銃撃の衝撃波で、帽子が落ちる。 その頭からは、獣の耳が生えていた。 つまりは――人間ではない。 「共食いは感心しないな。それはホットドッグだ、子犬ちゃんが食べるには全く持ってよろしくない」 「己(オレ)は犬じゃない! 狼だ!」 「どうでもいい。それはこの俺に食べられる為だけにこの世に生を受けたと言っても過言ではないものだ。 それをネコババ……いや犬だからイヌババか? とにかくひったくるとは感心しないな子犬ちゃん。 さあ、おしりペンペンの時間だ」 そう言って軽やかに踊るようなフットワークで、上段から指を刺す。 そしてジャンプ。空中で捻りを加えた回転をし、少年の前に降り立つ。 だがそれを見計らったように、地に立つ直前に―― 「!」 小さな雷の玉が飛来し、火花を散らす。 それを空中で受け、体勢を崩す。だがそれでも華麗に受身を取り、すぐに立ち上がる。 「やれやれ、教育的指導の邪魔をするとは無粋だな。 コソ泥仲間か? それとも俺と同じで子犬ちゃんにオイタをされたクチか?」 その言葉に応じて表れたのは―― 「どちらでもない」 黄金だった。 黄金の鎧に身を包んだそれは、純白に向き合う。 「そいつの友達の友達だよ」 「なるほど。じゃあお前が代わりにおしりペンペンされるか?」 「それで許してもらえるならそれでもいいが……」 『いいワケねぇだろが!』 別の声が割り込む。だがその声を発したのは紛れもなく、その黄金だった。 いや――黄金の鎧が喋っている。 『王は軽々しく頭をさげるモンじゃねぇ。ましてやお尻ペンペンだ? ふざけんじゃねぇぞこの真っ白ヤロウ!』 「よく判らんが流石はコソ泥のお仲間。反省する頭も無い、か。下品なのはその悪趣味な鎧だけじゃないようだな、金ぴか」 『んだとコノヤロウ! てめぇこそいちいち馬鹿にする態度がうぜぇんだよ!』 「馬鹿にした覚えなどない。俺が超~偉いだけだ」 『むぎー! ふざけてんじゃねぇよこのノータリンのチンドン屋があ!!』 叫ぶ鎧。 ああ、やっぱりコレで登場は不味かったな、と黄金の鎧を纏った彼は思った。 こうなったら戦うしかないだろう。 少なくとも、少年が逃げる時間を稼ぐまでは。 あるいは…… 「己は別に、助けてくれなんて言ってねぇ! 余計なことをするな!」 「そうか。だったら勝手に逃げろ」 「ふ、ふざけるな。狼は敵に背を向けて逃げたり……え?」 その台詞が終わる前に、少年は襟をつかまれ、持ち上げられる。 「狼男なら、まあ大丈夫だろ」 そう言って、盛大に振りかぶる。 「う、うわ、ちょっとタンマ!」 「待たない」 そして。 少年は思いっきりぶん投げられ、みるみるうちに小さくなって消えた。 それを見て、純白の騎士が感嘆の声をあげる。 「おおう、ナイス強肩だな。お前、プロ野球選手になれるんじゃないか」 「無理だよ。コントロールなってないし、それにコレが無ければあんなこと出来ない」 そう言って親指で自分を、いや鎧を指す。 コレを着て試合に出るなんて、ルール上無理だろう。 いや、そういう問題ではないのかもしれないが。 「なるほど、その鎧で身体能力を強化しているタイプか。俺と似た様なタイプだな。色々と違うようだが」 その純白の装甲は、機械部品が見え隠れしている。 異能の超科学により作られたパワードスーツのようなものだろう。 対して黄金の鎧は、意匠といい雰囲気といい、古めかしくも豪奢な……神秘的な雰囲気を持っている。 そういった意味でも両者は似て非なるものだった。 「だがしかし俺はどうすればいい? 昼食を邪魔されたこの憤りは何処にぶつければいい?」 肩を竦める純白に対し、黄金は足を踏み鳴らして怒鳴る。 『安心しやがれ。ンな事気にする必要がなくなるほど、オレが気持ちよぉくお昼寝させてやる!』 「ほう、子守唄でも歌ってくれるのか? なら伴奏は俺がしてやろう。御代は気にするな、出血大サービスだ、文字通りでな!」 売り言葉に買い言葉。 というか一方的に悪者だよなあ、と黄金鎧の中の人は兜の中でため息をついた。 形を見れば明らかだ。 昼飯泥棒をかばい、逃がし、そして被害者に対して(これは自分ではないが)悪口雑言で喧嘩を売っている。 まあ今更、悪い噂が二個や三個ほど増えたところで別に困ることはない。 むしろ問題はこれが長引くと午後の授業に間に合いそうに無いことだ。 昼飯抜きは確実だな、と思った。 「俺はアールイクス。通りすがりの正義の味方って奴だ。お前は?」 「デュラン。ゴルトデュラン……ただの、悪い魔法使いだよ」 そして、純白と黄金が激しくぶつかりあった。 金色蜘蛛と逢魔の空 第三話 魔狼の誇り 森の中で二人の戦士が走る。 Second movement "RAY-FORCE" 『ABRACADABRA!』 アールイクスの放つ光弾と、ゴルトデュランの放つ雷弾が空中でぶつかり合い、爆ぜる。或いは相手の鎧を穿ち、火花を散らす。 「くぅ、しびれるねぇこのビリビリ野郎!」 木を背にして笑うアールイクス。 一方、ゴルトデュランもまた石を背にしていた。 先ほどの息をつかせぬ銃撃の攻防から一転して、静かな緊張が場を支配する。 さしずめ、西部劇における決闘のような――そんな静寂。 それが、どれだけ続いただろうか。 そして動いたのは、どちらが先だったろうか。 跳躍。 お互い身を翻らせ、飛び出す。 空中で、閃光を伴った拳と、雷撃を伴った拳がぶつかる。 強大な二つの力がぶつかり、スパーク。 「ぬおっ!?」 「くうっ!」 爆発。 拮抗する力と力が互いに絡みつく蛇のように、その力を反発させ増幅させる。 木々がざわざわとざわめき、土煙が舞い、鳥達が慄いて飛び去る。 「ぐあああっ!!」 「うわああっ!!」 互いに悲鳴が上がる。 強大な爆発は閃光と雷電を伴い、互いの視界を白く染め上げた。 「っ!」 爆発で激しく弾き飛ばされるゴルトデュラン。 ごろごろと転がり、物質化させていた黄金の鎧が影へと戻り、消える。 「……っ、痛い」 体を起す、逢馬空。 「だがまあ、窮地は脱した、かな」 あのまま戦っていたら危険だった。 とてつもなく、強い相手だ。未だに拳が痺れている。 『あいつが、な』 ゴルトシュピーネは相変わらず大きい口を叩いていた。相手の強さを理解できないような頭ではないが、素直に認められるような性格でもなかった。 有体に言えば負けず嫌いなのだ。 『次は、負けねーぞ』 「あのな。そもそも本来、僕らは彼と戦う理由はないんだけど?」 今回はたまたまだ。 級友である委員長、秋森有紀の友達であるところのあの人狼の少年を助けるためにこうなったしまった、というだけ。 そうでもなければわざわざ戦う理由なんて無い。 『男にはな、理由なんざいらねぇ時もあんだよ!』 「うんそうだね。さて、彼の飛んでった方向は……」 『スルーされたっ!?』 慣れたものであった。 そしてゴルトシュピーネは影の中に消える。 空は、そのまま森の中へと消えた。 一方、時を同じくして、爆発で激しく弾き飛ばされたアールイクス。 おなじく爆風で転がりながらも体勢を立て直す。 「……逃げたか。ということは、俺の勝ちという事だな」 そう言って、武装を解除する。 一瞬の光の後、そこには天地奏の姿があった。 「しかし……」 ガサリとビニル袋を取り出す。 「取り返したはいいが、すっかりこんがりとコゲちまった! ……いや、オコゲはオコゲで美味いのか?」 そして一口食べて……奏は言った。 「前衛的(アヴァンギャルド)な味だな!」 そして、倒れた。 大の字で。 全身を痺れさせて。煙を吹いて。 まだ電撃が残っていた炭は、彼のお口には合わなかったようだった。 2 「大変だったようだねぇ、ボーイ」 双葉学園のとある廃教会にて、逢馬空は労いの声をかけられた。 空がこの廃教会を訪れたのは、空が所属する魔術結社――【聖堂薔薇十字騎士団(ドゥームローゼンクロイツオルデン)】への連絡のためだ。 聖堂薔薇十字騎士団(ドゥームローゼンクロイツオルデン)。それは薔薇十字団(ローゼンクロイツ)、黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)、そして聖堂騎士団(オルド・テンプリ)の流れを汲む西洋魔術結社である。 その構成は一般的なGD系西洋魔術結社の例に漏れないが、特記すべきことは……双葉学園都市にロッジを持っている、ということだ。 多くの異能者達がいるこの学園都市には、当然ながら魔術系異能者達もまた多く存在する。 その中でも、古典伝統を受け継ぐ西洋魔術の使い手たち――魔術師たちは、自らの存在を隠している。 理由は、ただひとつ――“昔からそうだったから”だ。 些か拍子抜けの理由かもしれないが、事実としてそうなのだ。そしてそれが大切なのだ。 前世紀、魔術が秘匿されていた理由は多く分けて二つ。 魔術師だと知れれば、一般の者達の嘲笑や迫害に晒されていたと言う事。 そして、知識や秘伝を認めた者達のみに伝える為、ということだ。 1999年の事件により世界は一変し、過去よりも異能の力は人に知られることとなった。 何よりも、ラルヴァの大量発生により、魔術師達もまたより必要とされるようになり、魔術師だというだけで迫害や嘲笑を受けることも無くなった。 だがそれでも――魔術とは秘匿されるべきなのだ。 故に、双葉学園生徒としてこの街に住む魔術師の中にも、自らが魔術師――否、異能者であることを秘匿している者も多い。もっとも、それは絶対鉄則の掟ではない。少なくとも双葉学園に魔術師ということがばれた所で、それを咎と見る魔術師達はいないだろう。 そんな魔術師達の相互組合(コミュニティ)。それが、逢馬空の所属する魔術結社だ。 そこに在籍する魔術師として、空には連絡・報告の義務がある。 だが先日は急に秋森有紀から電話が入り、そしてそのまま彼女達を助けに走った。 そのことについて後悔するつもりは全くない。だが…… そのおかげで、予定を反故にしてしまい、姉に酷い目に合わされてしまった。 それを思い出すだけで、魂が軋む。 それを思い出すだけで、心が挫ける。 それを思い出すだけで、身が竦む。 恐怖に、だ。 圧倒的恐怖。絶対的恐怖。理屈も道理も何もかも超越した、真の恐怖だ。 人は、笑えるのだ。 怒りながら笑えるのだ。慈母のような、女神のような、天使のような笑顔を浮かべながら、平然と人の心魂をヘシ折る事が出来るのだ。 その事実がなにより恐ろしい。 そんな空をにやにやと笑いながら見ているのは、修道服(カソック)の上に袈裟を着込んだ、和洋折衷の怪しさ全開の神職者。 まず、仏教なのか基督教なのかが判別付きにくい。場所が教会であるなら後者なのだろうが、いかんせん廃教会なのでそれも怪しい。 胸にはロザリオではなくて、髑髏をあしらったシルバーのペンダント。両手にも手首、指とシルバーをゴテゴテにつけている。 染め上げた肩まである眺めの金髪に無精ひげと、そして眼帯。カソックから除く足は素足に下駄。しかも革ベルトで固定している。 そんなのが、廃教会の机に気だるげに腰掛け、見下ろしてきている。 怪しさが足を生やして歩いているような、そんな風体だった。 「学園を騒がせている、通称昼飯狩人(ランチハンター)……いちいちふたつ名をつけるのは学生ならではかねぇ? 僕にもかっこいいふたつ名考えてくれないかなあと常々思うなあ」 『てめぇにゃエセ神父で十分だ』 空の足元で影が蠢く。 影……ゴルトシュピーネの言葉に、神父は笑いながら返す。 「あれぇ? 僕にはちゃんとジョージ秋葉って名前があるんだけどねぇ。勝手に人の名前変えちゃいけないよ。ああちなみにアキハではなくアキバだ よ。そこ勘違いしないでね、アンダスタン?」 『てめぇがあだ名つけろって言ったんだろうがよ!』 「あれぇ? 僕そんなこと言ったっけ? 捏造はよくないなあ」 『てめぇ……!』 剣呑な雰囲気を、空の声が遮る。 「喧嘩はやめ。だいたい、アレに歯向かって勝てると思ってんのか、ゴルト」 『……ッ』 「あれぇ? ボーイはちゃんと自覚してるんだ、そっちのデビルと違って」 「そりゃあ、ね」 空は言う。 実際に一度経験しているのだ。冗談のような彼我の実力差を。 勝てない――少なくとも、今は、まだ。 「結構結構。そういう子は強くなる。お兄さん好みだよそういうの。君が女の子だったら放っておかないのに」 くっくっく、と笑う。 「今僕は男性として生を受けたことに両親と神様に最高級の感謝をしてるよ」 「そりゃ結構。あれぇ、でも君はとある可能性を失念してるよ? 俺が男女どっちもいけるクチって可能性に」 「もしそうならとうの昔に僕は被害にあってるだろ」 「あれぇ? でもこうは考えられないかな。青い果実が実るまで待ってる、とかさぁ」 笑いながらじっと空を見る秋葉。 『おい兄弟。いつかコイツ殺そう』 「そうだな、いつか絶対」 「あれぇ? 本人を目の前にそういう相談とか、君たちも大胆なんだねぇ」 笑う秋葉に、空はため息をつく。どうもこの男は苦手である。 「まあいいさ。大胆不敵大いに結構。いやいや、報告聞いてびっくりさぁ。 まさかねぇ、あのロードヴァンパイアの胤を使い魔にするとはねぇ、大胆不敵にもほどがあるって。上の人たちもびっくりしてたよ? あの宝石の吸血鬼。わかってるのかいボーイ? 君が何を手に入れたのか」 「手に入れた、とか言うなよ。彼女はモノじゃない」 空の言葉に、ジョージは両手をあげて降参のポーズをとる。 だがその口調は決して悪びれていない軽薄なままだ。 「失礼。失言だった。でもまあ許して欲しいねぇ、ぼかぁ一応神父だよ? 聖職者にとって、吸血鬼は不倶戴天の天敵だ。それを見逃してあげてるんだ、感謝してほしいものさ」 『よく言うぜ、生臭神父が』 「破壊僧だからねぇ。でもホント、よく考えた方がいいぜ? 今や彼女こそが“宝石”の後継者だ。君がその彼女の主ということは、つまりは君が……君こそが、“宝石”の吸血鬼の遺産を受け継ぐってことさ。デビルにとっちゃ喜ばしい財産かもしれないけどねぇ? ボーイにとっちゃ、重くてでかすぎる厄介な荷物だと思うよ?」 『だから寄付しろ……とか言うんじゃねぇだろうな』 「言わないさそんなこと。それが何かも判らないんだぜ? 不確定なリスクを背負い込むほど僕も、騎士団(オルデン)も余裕があるわけじゃないさ。だから僕たちは今のところ様子見だね」 「寛大な処置、感謝するよ」 「皮肉かい? ……って、皮肉言うような子じゃなかったっけ、ボーイは。 ああそうそう、皮肉で思い出したけどさあ。わかってるのかなあボーイズ。 キミ達のやってることは、犯罪者への肩入れにも等しいってさぁ」 「何がだよ?」 「話を戻したんだよ。昼飯のコソドロのワンちゃんの事さ」 「犯罪って……あれは子供の悪戯だろ」 「言葉遊びかい? でもさあ、万引きと窃盗は同じなんだよねえ、アンダスタン? そういうこと、君はまた空気を読まずに勝手に事件に首を突っ込んで、しかも悪者に加担している。それってどうなんだろうねえ?」 「加担しているわけじゃない」 「でも彼を捕まえるつもりはない。そりゃそうだろうねぇ、だって相手はラルヴァだ」 軽薄な笑いを貼り付けて、ジョージは言う。 「悪事を働くラルヴァは倒す。それが――双葉学園だものねぇ?」 そのからかうような挑発的な言葉に、しかし空は表情を変えない。 ただ一言、 「関係ないよ」 そう言って踵を返す。 「あの子は僕の、友達の友達だ。だから守るし、悪いことしてるなら反省だってさせるさ。そして…… 双葉学園が彼を倒すと言うなら、僕はそれに敵対するだけだ」 その言葉に、ジョージは笑った。とても楽しそうに。 「HA――! いいね、グッドだ。君は相変わらず正しく歪んでるねぇ、実にいい。悪魔を宿すに相応しい、素晴らしく歪んだパーソナリテイだ。実にグッドだよ。グッドすぎて目を背けたくなる。 で――疑問なんだけど。何故そこまで君は肩入れするんだい、たった一匹のラルヴァに。歪んでるよ、そういうの。君は――人間と怪物、どっちに肩入れするんだい? 君の立つべき場所は、どちらなのかなあ?」 「決まってるよ」 「ほう?」 「友達に肩入れするんだ、僕は」 3 「己(オレ)は頼んでない、そういうの!」 翌日の昼。 その肩入れはいきなり拒絶された。 「ていうか、投げるな! すごく痛かったぞ!」 「でも生きてるじゃないか、五体満足で」 「己(オレ)が人狼じゃなかったら死んでた!」 「人狼じゃないか」 「う……」 空の平然とした言葉に、人狼の少年は声を詰まらせる。 場所は公園。その少年はダンボールハウスで過ごしているらしい。作り直したダンボールハウスのそば、芝生に敷いたダンボールに座って腹を立てている。 「ほらほら、鋭斗くん。そんなこと言うもんじゃないよ?」 秋森有紀がなだめる。 「……っ」 有紀の言葉に、鋭斗はそっぽを向いて黙る。 「なにこの子、生意気。本当に有紀の友達なの?」 そうジト目で言う浅羽鍔姫。そんな鍔姫に対し、鋭斗は睨み返して言う。 「五月蝿い、チビ」 「あ」 それは危険ワードだった。 たちまち鍔姫の顔が紅潮する。 ぷっちーん。 「だれがマイクロどちびじゃーっ!」 鍔姫が叫んだ。怒鳴る鍔姫をあわてて空が押さえる。 「うん、落ち着いて。彼はチビといっただけでマイクロとは言ってないから」 「チビ言うなーっ! だいたいこのガキだってドチビでしょーがっ!」 「な、なんだと! 己(オレ)は良いんだよ、まだ成長期だ!」 「だから落ち着いて、どっちもどっちだから」 「「うるさいっ!!」」 二人の声がハモった。 「わぁ、息ぴったり」 『いや委員長、お前もお前で空気読め』 影の中から頭半分だけ出したゴルトシュピーネが突っ込んだ。 どうにも項にも、場はカオスであった。 狗守鋭斗(くがみえいと)。 有紀が友達になったという人狼である。 人狼とは、世界でもかなりポピュラーで、類似も多いラルヴァの一族、いわゆる「狼男」である。 日本にもいろんな種族の人狼がいる、いや……いた。 ニホンオオカミが絶滅したのと同じく、狼の一族はほぼ絶滅しているといってもいい。 だから、今この国にいる人狼は、外来種か、あるいは絶滅種の生き残りということだ。 そして、彼は後者であった。 人狼の一族、狗守の里の生き残り。狗神(イヌガミ)。 鋭斗は双葉学園にやってきて、そして――おなかをすかせて行き倒れ、有紀にごはんを貰い、知り合った。 「――ていうかなんでみんなでごはん食べてんの私達!?」 公園でシートを敷き。弁当を並べて食べながら、ふと我に返ったように鍔姫が声を上げた。 ノリツッコミであった。 「あふぁふぁ。ごはんをはべふほひはにひやらであふべきだけどにぎやらなのほぜっひょうするのはひがふ」 もしゃもしゃとおにぎりをほおばりながら空が言う。 「飲み込んでから言うっ!」 「浅羽。ごはんを食べる時はにぎやかであるべきだけどにぎやかなのと絶叫するのは違う」 「律儀に言い直した!」 突っ込みを終えてから、とりあえず座りなおす鍔姫。 「しかし……」 不貞腐れながらも座って弁当を食べている鋭斗を見て、空が言う。 「お前は誰でも餌付けするな」 「そう? 別に特別なことじゃないよ?」 「うん、いつもの応酬が微妙に違っているというか、それはかなり聞き捨てなら無い会話だと思うけど」 鍔姫が突っ込みをいれる。 というか、自分も餌付けされた事になるのだろうか、と鍔姫は内心ぼやく。 まあ、確かに昼飯に誘われたわけだし。 「というかそれなら最後まで面倒みなさいよ。そいつでしょ、最近巷を騒がせている、お昼ごはん泥棒。なんでそれと一緒に囲んでんのよ」 「まあ、私も鋭斗くんのごはん用意してるんだけど。でもいつも会えるってわけじゃないし」 有紀が困り顔で言う。 その鋭斗用に別に作った弁当は、今鋭斗がちゃんと食べている。 骨付きソーセージにミートボールと小さなハンバーグという、肉尽くしの弁当だった。 『ならソレはオレが食うからよこせ』 「己(オレ)のだ!」 『ああ!? だったら盗っ人みてーなことやめろってんだ』 「指図するな」 不貞腐れながら、鋭斗は弁当をかっ喰らう。 『ケッ』 その姿を見ながらゴルトは言った。 『プライドねーのかね、てめーは』 その一言に。 今度は、鋭斗が激昂した。 「なんだと!」 立ち上がる鋭斗。 「もう一度言って見ろ、己(オレ)が、誇りがないだと!?」 『……怒るってこたぁ、図星か? 図星を指されたら怒る。正論ほどムカつくことはないわなぁ』 「黙れ、蜘蛛野郎!」 『おっと』 空になった弁当箱を投げる鋭斗。ゴルトはさっと影に潜んでそれを回避する。 「お前に何がわかる……己(オレ)は。己(オレ)は!」 鋭斗は影を睨みつける。 その叫びに、静まり返る。 鋭斗の目尻には、涙さえ浮かんでいた。 「何かあったのか」 「何も無い!」 空の言葉に、鋭斗は叫ぶ。 「そうか」 空はただそう返答する。 「……ちょっとあんた、さっきから……」 鍔姫が立ち上がる。そして手を伸ばすが、鋭斗はそれをはたく。 「己(オレ)は」 鋭斗は言う。 「恩は忘れない。だけど、己(オレ)は……目的を遂げるまで、馴れ合うことは無い! 己(オレ)は、独りだ。独りでいい……!」 血を吐くような叫びをあげ、そして鋭斗は跳び去った。 「……」 空が弁当を食べる音だけが響く。 『なんでぇアイツ……短気っつーかヒステリーっつーか。 お前といい勝負だなぁツバキチ……あ痛!』 鍔姫に殴られた。 「誰が短気よ」 『そーいうところだっつーのコノヤロウ!』 てめーまだ悪魔抜け切ってねぇんじゃねぇか、とゴルトは言う。 それに対し、鍔姫はふんっ、と鼻を鳴らしながら影を踏みつける。 「仲いいね、二人とも」 「どこがよ有紀っ!」 「でも……大丈夫かな、鋭斗君」 有紀が、鋭斗の飛び去った方角を見て心配そうに言う。 「だいじょーぶじゃないの、元気いっぱいだし」 「うん……それならいいんだけど」 「何よ、ずいぶんと心配そうよね」 「私、聞いたんだけど」 有紀が言う。 「鋭斗君……一族を、その」 「……殺されたのか」 空が有紀の態度から、その事実を察する。 たった一人で双葉学園都市で生きようとする、十歳程度の少年。ラルヴァ。 なるほど、考えてみればその通りだ。 ラルヴァといえど親はいる。 ましてや、人並みの知性、文化を持ち、人と共存、あるいは隣り合わせで暮らすようなラルヴァならなおさらだ。 だが彼は、鋭斗は独りだった。まだ少年、いや子供なのに。 狼、それは「一匹狼」という言葉のイメージが先行してしまい誤解されがちだが、群れで生息する動物だ。 狼の特性を持つ人狼の民とて、例外ではない。 そんな人狼の少年が、ただ独りで双葉学園でホームレスのように生きている。 それを考えると、天涯孤独であろうことは間違いが無い。 「そんな……」 「うん。でも、だからさっき楽しそうにしてたから。だから余計に心配かな……」 「あれでっ!?」 『楽しそうっ!?』 鍔姫とゴルトの声が同調する。 あれで楽しそうだったんかい、と。どう見ても機嫌が悪そうだったが。 「わかるよ。鍔姫だって最初あんなかんじだったし」 「へ?」 「似てると思うよ確かに、鍔姫も鋭斗くんも」 「どこが?」 「うーん、今の鍔姫とはちょっと違うかな? 最初の頃」 「最初……」 「なんかさ、ちょっと張り詰めてたってかんじで」 有紀は言う。 そう、確かに鍔姫は転校して来たときは、とにかく気を張っていた。 だがそれでも、それを気取られぬように必死だったはずなのだが。 (……鋭いなあ) 最初から見透かされていたのかと、鍔姫は嘆息する。 だからこそ気を利かせてくれて、そして自分は救われたのだろう、と。 だったら。 遠慮なく踏み込んでくるこの委員長と、空気を読まずに触れてくるこの男に――あの生意気な少年も救われるのだろうか? それは願っても無いことであり、そして……少し、嫌な気分がする、と鍔姫は思った。 なんだろう、この気持ちは。 それは……嫉妬だろうか。 (いやだな、薄汚いな、私) この二人が、自分以外の誰かを救う……それが少しだけ嫌な自分がいる。 独占欲、か。 鍔姫は、そんな裡に生まれた心を流して消し去ろうとするかのように、水筒からお茶をコップに注ぎ、飲み干した。 4 「空くん、大変!」 授業が終わった時。 珍しく有紀が血相を変えて飛び込んで来た。 「鋭斗君が……」 「なに、風紀委員にでもとっ捕まったの?」 鍔姫が興味なさげにいう。そしてそれに対する返答は、それどころではないものだった。 「討伐隊が組まれるって!」 「……」 討伐隊。 そう、討伐……だ。 物騒すぎる響き。それは、双葉学園が、昼飯泥棒のラルヴァをついに、「倒すべき対象」と認めたということだ。 ……殺し、滅ぼすべき敵だ、と。 「……そんな!」 その物騒な言葉に、鍔姫が立ち上がる。 「なんで討伐隊って、そんな」 「鋭斗くん――人を、殺したらしいの」 「馬鹿な!」 鍔姫が叫ぶ。信じられない、というように 「私だって信じてないよ。でも……そういう話で動いちゃってるの」 「まさか昨日の喧嘩で自棄(やけ)になってとか……」 「どうだろうな。ていうか……」 空が言う。 「殺されたのは、誰だ?」 「え? それは……」 「秋森、質問だ。それは、醒徒会が公式に組む、作戦(ミッション)としての討伐隊? それとも……生徒有志による討伐隊?」 二つには、大きな隔たりがある。 前者はまさに双葉学園の正式な任務だ。だが、しかしいかんせんそのような任務となると、お役所仕事……とまではいかないが、動きに時間がかかることも珍しくない。 対して後者は、事件が起きた時の現場の判断で組まれることが多い。 「確かに人がラルヴァに殺されたのなら、学園が討伐隊を組むのも当然だろう。 だけど……なら、誰がいつどこで殺された? そんな話は僕は聞いてない。浅羽、お前は?」 「わ、私も……」 「そうだ。人が殺されたのなら、噂になるはずだ。だがそれが無い。そして、なのに討伐隊がこうも速やかに組まれる……あべこべだ、順番がおかしい。昨日の今日だ。なのに…… まるで、既成事実を作ってしまえ、とばかりに」 「どういうこと……?」 理解が追いついていない鍔姫に、空は言う。 「一度討伐隊が組まれてしまえば、鋭斗に弁当を奪われて憤懣やるかたない連中が次から次へと討伐隊を編成するかもしれない。組まずとも。立ち上がり狙うだろう。 そしてそれを狙っている者がいる……そうでなければ、こんな動きは理にかなってない」 「……うん、さすが空君、冷静だ」 有紀が席につき、深く呼吸する。 「駄目だな私、あせっちゃった」 「仕方ないよ有紀。友達が狙われてるんでしょ。冷静になれるのは空ぐらいなもんよ」 空気読めないし、と付け加える。それが逆に助かったけどもね、とも。 「……」 空は思い出す。 先日のような、あんな強い相手……アールイクスのような異能者たちが何人も集まって、鋭斗を狙うなら。 討伐しようとするなら――彼は万に一つも助からないだろう。 そして、それを自分が前のように邪魔をしたらどうなるか。明白だ。 勝てない。 逃げられない。 それどころか、自分もまた、正体不明のラルヴァとして――斃される展開が容易に想像できた。 『……』 影の中で、ゴルトシュピーネもまた無言。それが何より雄弁に語っている。 益が無い。 意味が無い。 普通に考えれば。ただ迷惑をかけられただけの一匹のラルヴァのために、命を掛ける道理など全く無い。 そう、そんな道理など、全く無いのだ。 だが―― 空は立ち上がる。 窓の外を見て。 「どこいくの?」 「決まってるよ」 そう、確かに意味が無い。 だからといって、動かぬ理屈にはならない。 一度、一緒にごはんを食べた仲だ。 険悪で剣呑で騒がしい食事だったが、決して――不味い食事ではなかった。 ただそれだけ。 それだけで――命を掛けるには、充分の理由だ。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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怪物記 第一話【死出蛍】 兄ちゃん、蛍はなんで死んでしまうん? ――節子 F1という競技はそれより下位のF3などとは大きな違いがある。出場選手やスタッフのレベルの差もそうだが、マシンレギュレーションの違いだ。F3カーのエンジンの排気量は2000ccだがF1カーに搭載されるエンジンの排気量は2400ccだ。だからF1カーとF3カーがレースすればまず間違いなくF1カーが勝つ。いささか回りくどくなったが、私が言いたいのは性能差は埋められないということだ。要するに、 「君達……もう少し、加減して、歩く気は、ないか……?」 双葉学園都市の生徒と比べればF3カーはおろか原付程度の私の体力はもはや限界だった。現に彼女らと20メートルは距離が開いている。 「学者さん、いくらなんでも体力なさすぎですよ」 「こんなジャングルの中を30kmも歩けば普通は疲れ果てる……」 私の体力はあくまで人並みだ。もっとも、人並みはずれた面々から見れば貧弱もいいところだろうが。 「何にしろこのペースで歩き続けるのはもう無理だ……。ペースを緩めるか休憩するかしないことにはもう歩けん」 「でも早く問題のラルヴァ見つけないと夜になっちゃいますよ?」 「ラルヴァ……か」 人類はラルヴァと呼ばれる生物と戦っている。 もっとも、彼らは生物というくくりには収まらない。彼らは獣のようであり、怨霊のようであり……人のようである。 彼らとの戦いは世界の『裏側』でずっと昔から続いている。それこそ人類が文明をもったころから続いているらしい。世界各地の伝説や伝承の類――雪女やミノタウロスなどは当時のラルヴァのことを綴ったものだとも今では考えられている。それらの伝説や伝承の中、そして世界の『裏側』にしかいなかったラルヴァの有り様は二十年前から大きく様変わりした。 まるで器の中から水が溢れ出すようにラルヴァは『表側』に現れ始めたのだ。今の世界にはラルヴァが溢れている。しかしこの国でそのことを知る人間の数は決して多くはない。大多数の国民は情報統制に遮られ、ラルヴァの存在を知らない。知っているのは遥か過去からラルヴァと戦い続けていた人間――『裏側』の異能力者と、彼らと接触をもつ『表側』の政府。そして、彼らに育てられる異能力者の少年少女――双葉学園都市の学生たちだ。 彼らは学問やラルヴァに対抗する術を学ぶ学生であると同時に、『表側』の世界を襲うラルヴァと戦う戦士でもある。日本の各地でラルヴァが出現した際には現場に急行し、ラルヴァを討伐する使命を帯びている。 だが、彼らに同行する私は双葉学園の学生ではない。『裏側』の異能力者でもない。ラルヴァを研究する一人の科学者だ。双葉学園の学生たちがラルヴァの起こす事件を解決するために現場に出向くとき、研究のために同行する。 そう、今回のように……だ。 「……休憩がてらに今回の事件を再確認してもいいか?」 「既に休憩は決定事項なんですか……。しょうがないですね。みんなー! ちょっと休憩するよー!」 彼女の号令で今回のラルヴァ討伐パーティの面々が思い思いの姿勢で休憩する。仲間と雑談するのもいれば木に背中を預けて寝ているのもいる。……中には「何でこの程度で休憩するんだ」と非難がましい目で私を見ているのもいるが。 「それで今回の事件の確認でしたっけ?」 「ああ。私が事件のあらましを覚えている限り話す。それに修正や追加があったら言ってくれ」 「はい、わかりました」 事件の分類は【変死事件】。ラルヴァが起こしたとされる事件では一番件数が多い事例だ。 最初の被害者はここで働いていた女性従業員。一週間前から姿が見えない。以後の事件の被害者と同様に死亡したと推定されている。 第二の被害者はここの男性従業員。六日前の終業時間になっても姿が見えず、翌朝ミイラになってるのが発見された。外傷はない。 第三の被害者は第二の被害者の変死事件を調べていた警察官。捜査に当たっていた警官全員がミイラになって発見された。発見時刻はやはり朝。警官たちが拳銃を発砲した形跡はあったが弾丸は全て土や木に埋まって発見された。 かくしてこの変死事件はラルヴァによるものという見方が強まり、刑事事件から双葉学園預かりのラルヴァ事件となった。 「しかし半日かけての捜索も成果なし、か」 「はい。でもこの事件は早く解決しないといけません」 「なにせ現場が“こんなところ”だからな」 私は周囲の鬱蒼としたジャングルを見回した。しかしここは日本であるし屋久島でもない、普通こんなジャングルはない。さらに言ってしまえばこのジャングルは本物のジャングルじゃない。ここは 「ラルヴァもなんでまた遊園地のアトラクションなんかに出現したんだか」 ここはN県にある地方遊園地の中だ。人口のジャングルはこの遊園地のアトラクションの一つであり、実際には直径1km程度とそう大した広さではない。 しかし件のラルヴァは姿を見せず、おかげで延々と歩き回って結局30kmも歩く羽目になった。 「今日は変死事件の調査ってことで警察筋から閉園にできてますけど、そう何日もは無理ですよ。 ここは普通の遊園地で営業者も従業員も誰一人ラルヴァのことは知らないんですから」 そんなわけでこの事件はスピード解決が求められている。今ここにいるのは私を含めて六人だが、数十人の学生が遊園地中を手分けして捜索している。私はラルヴァが隠れるならここだろうと踏んでこのグループに同行したが、ラルヴァは姿を見せない。 「それにしても、こんなに見つからないなんて……ホントにラルヴァがいるんでしょうか?」 「いるさ。それだけは疑いようがないし、どんなタイプのラルヴァがこの事件を起こしたのかも既に想像がついた」 「え?」 「ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定だな」 「銃弾が全て土木の中から発見されたということは『発砲はしたが当たらなかった』ということ。 この時点でラルヴァのカテゴリーは物理攻撃をすり抜けるエレメントか、高速移動で回避するタイプかに絞れる。 次に被害者が全て外傷もなくミイラ化していたのは生気吸収によるものと推測できる。 そういった生気吸収はカテゴリーエレメントの十八番であるし、ビーストやデミヒューマンが同じことをしようとすれば被害者は大なり小なり外傷を負う。 連中は生気を吸収するタイプでも噛みつきか握首を行うからな。よってカテゴリーはエレメントに特定。 また被害者が全て朝になってから発見されたというのも大きい。 恐らく、夜間の発見者は発見した被害者と同様に生気を吸われて殺されている。 つまり第三の被害者である警官たちは夜間も事件の捜索をしていたために、殺しつくされた。 しかし朝の発見者は殺されていない。このことから対象の活動時間は夜間限定であると断定できる。 それらの総合的な結論が『ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定』だ」 「…………」 推論を述べ終えたとき、彼女や彼女のパーティメンバーはポカンとした顔で私を見ていることに気づいた。……どこか間違えただろうか。まぁ、外傷なしで生気吸収する新種のデミヒューマンという線もないではなかったが……。 「さすが探偵さんですね、びっくりしました」 「いや待て。私は探偵じゃないぞ、学者だ」 しかしながらシャーロック・ホームズの趣味は化学実験という設定なので両者は案外近いのかもしれないが。 「あら? でも夜に活動するラルヴァってわかっていたなら何も昼間に動き回らなくても良かったんじゃないですか?」 「科学者というのは仮に九割の確度で正しいと思っていても、後の一割を確かにするために実験を重ねるものだからな。 昼間に歩き回って何も出てこなかったおかげで夜間限定のラルヴァだと断定できた」 そう、ようやく断定できた。 「さあ、そういうわけで、だ。夜間まで待つとしようじゃないか。正直なところこれ以上歩くと肝心の夜に歩けなくなる」 私の足腰は座ったまま立てないほど限界だった。 果たして夜中になってラルヴァは出現した。 「ほたる……?」 木の中から一円玉程度の青白く光る球体がふわふわと浮かび上がってきた。たしかに、何も知らずに見れば蛍に見える。 「【死出蛍】か……予想外だな」 「しでぼたる、ですか」 「カテゴリーエレメント、下級Cノ5だ」 ラルヴァはその強さや知能によってカテゴリからさらに細かく分類される。下級Cノ5は『現代兵器が通用し』『単細胞生物レベルの知能で』『自然災害レベルで存在するだけで人を殺す 』だ。 「下級でCで5? それっておかしくないですか」 「そうだな。普通5という等級は圧倒的な力をもったラルヴァに与えられるものだ。 しかし死出蛍はその例外に当たる。極めて弱いが、存在するだけで人を殺す。 こいつらは近づくだけで人の生気を吸収するからな。まぁ、普通は触られても軽度の栄養失調程度で済む」 死出蛍はラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァだ。これといった意思もなく現代科学で対処可能だが、いるだけで人に危険が及ぶ。稀に死ぬ。感染しないインフルエンザのようなものだ。 「そもそも対処法さえ知ってれば何も怖くないラルヴァだ。まぁ、拳銃は効かないが」 私は持ち込んだ懐中電灯を点けて対処法を実演して見せた。懐中電灯の光で、死出蛍の青白い光を包み込む。すると、 「あ!」 懐中電灯の光が過ぎ去ったとき、死出蛍は消滅していた。 「死出蛍は自分よりも大きく強い光に包み込まれると消滅する。懐中電灯を持っていれば子供にだって倒せるラルヴァだ」 数多いるラルヴァの中でも最弱のラルヴァといっても過言ではない。その脆弱さ、低い危険度、まだ野犬の方が危険だろう。 しかし……だからこそ、解せない。先ほど述べたように普通は死出蛍に触られても軽度の栄養失調になるくらいだ。死ぬなんて事態は滅多にない。だというのに……この事件は人が死にすぎている。たかが死出蛍で何人も人が死ぬわけはない。そもそも警官たちとて夜間に捜索をしていたのだから当然懐中電灯は持っていたはずなのに、なぜ……。 「……学者さん」 「なんだ?」 「死出蛍って群れますか?」 「ん? ああ、群れる。と言ってもラルヴァの一種だ。ある特殊な条件下でなければせいぜい十かそこらだろう」 「じゃあこれって特殊な条件下ですか?」 「……何?」 彼女が指差したのはこの周囲の木々……否、 「なるほど。たしかにこれだけ集まれば死ぬほど生気を吸われるな」 眠りから目覚めるように木々の中から浮かびだす、数百数千もの死出蛍の群れだった。 「しかし、なんとも……すごいなこれは」 呆れと感心が半々の心境で私は死出蛍を見ていた。数千匹の死出蛍の群れは今も続々と数を増し続けている。夜行性とはいえ、これだけいてよく昼間一匹も見なかったものだ。……ああ、そうか。日が昇ると木に隠れない奴は消えてしまうのか。 「感心してる場合じゃないですよ学者さん!?」 口調こそ慌てているが彼女と彼女のパーティの動きは機敏だった。先刻説明した『接触すると生気を吸われる』、『大きく強い光に包み込まれると消滅する』という二つの情報を有効に使い、距離をとりつつそれぞれが携行した懐中電灯の光を当てて死出蛍を消していく。さすが双葉学園都市の生徒。場慣れしている。 「ところで君達は異能を使わないのか?」 「あたしのチームは全員身体強化系の異能ですから!」 なるほど。道理で昼間あれだけ歩き回ったのにまったく疲れないと思った。 「となると逆に死出蛍で良かったということか」 エレメントに物理攻撃は効かないが死出蛍は懐中電灯があれば倒すことができる。この分ならじきに…………待った。 「だから……これで倒しきれるなら警官は全滅なんてしやしない」 ラルヴァの存在を知らず、気が動転していたとしてもこの暗闇で懐中電灯の光を当てれば死出蛍の弱点は分かる。しかし警官は全滅した。即ち、死出蛍にはまだ秘密が…………あった。 懐中電灯に照らされて徐々に数を減らしていた数千の死出蛍。奴らは示し合わせたように一箇所に集合し ――そのまま一匹の巨大な死出蛍と化した。 小さな球体が巨大な球体を成す様はまるで原子の結晶構造のようだ。一匹一匹は一円玉程度の大きさだった光球も寄り集まって、今では運動会の大玉の数倍は大きい。 「納得した。これではもう懐中電灯ではどうしようもない」 私も生徒たちも懐中電灯の光を当て続けているが、まったく効く様子がない。それはそうだろう。今の死出蛍の光は懐中電灯などよりも遥かに大きく強い。加えて、今の巨大化した死出蛍に触れられれば一瞬でミイラと化してしまうはずだ。さらに不味いのは、 「……やっぱりなぁ」 「あの、学者さん? やっぱりって?」 「さっき死出蛍のことをこれといった意思もなくと言ったが、あれには若干誤りがある。 動物以下の微生物並みのCランク知性と言っても、微生物並みには知性があるんだ。 食べ物を探す程度の知性は持っている」 「つまり……?」 「デカくなって大食らいになった死出蛍には我々がご馳走に見えているだろうな」 巨大死出蛍はゆっくりと動き出し、 次の瞬間には最高速で突撃してきた。 「退避ーーーーーー!!!」 彼女の退却指令に彼女のパーティが一斉に駆け出す、と同時に私は彼女に背中におぶられていた。『さすが身体強化系。私一人くらいへっちゃらだ』や『男としてはいささか恥ずかしい格好だな』など思うことは多々あったが何よりしみじみと思うことは、 「……背負われてなかったら私は今頃ミイラの仲間入りしていただろうな」 現在彼女と死出蛍の両者とも推定時速50kmオーバー。『表側』の陸上世界記録が足元にも及ばない一般道路の制限速度ギリギリのスピードだ。自分の足で逃げてたら一秒で死出蛍に追いつかれて生気を吸い尽くされていただろう。身体強化特化のパーティに同行してよかったと心から安堵する。 「それで学者さん! これからどうしましょう! 死出蛍には光の他に弱点ないんですか? あたし虫除けスプレー持ってますけどこれ効きますか!?」 「ハッハッハ、面白いことを言うなぁ黄みは」 死出蛍という名前でもあれは昆虫型のラルヴァではない。そもそも効く効かない以前に虫除けスプレーじゃ駄目だろう、殺虫剤じゃないんだから。 「光以外に明確な弱点はない。あとは他のエレメントと同様に異能で片付けるしかない。 だから手としてはこの遊園地に来ている他のグループの超能力・魔術タイプの異能力者に任せるか……」 「か?」 「懐中電灯と比較にならない光量を当てるしかない。 君、フラッシュグレネードか閃光玉か太陽拳を持ってないか?」 「そんなの用意してないですよ」 「そうか。なら」 するべきことは一つ。 「逃げよう」 「はい」 私を背中におぶったまま彼女達は死出蛍から逃走する。逃走を開始してすぐにアトラクションのジャングルを抜け出し、今は舗装された園内の道路を走っている。お互いに全力で動いてるのだろうに両者とも時速50kmからまったくスピードが落ちない。私は『やはり異能力者とラルヴァはすごいな』と子供のようにぼんやりと考えていた。 ただ死出蛍はこれが最高速度なのだろうが、彼女は全力でこそあれ最高速度ではない。私という荷物を背負っているから逃げ切れない速度でしか動けないのだ。その証拠に彼女の仲間は先行して前方にいる。 さて、どうしたものか。少なくとも彼女の背から飛び降り自ら死出蛍に食われることで彼女の負担をなくすという選択肢はない。死ぬのはごめんだし、そんなことされたら彼女達もトラウマだろう。 やはりここは彼女に頑張ってもらうしかあるまい。頑張れ。 「学者さん! 他のグループと連絡が取れました!」 彼女は器用にも私を背負って全力疾走しつつ片手で通信機を使って他のグループと連絡を取り合っていた。 「超能力・魔術タイプの異能力者は?」 「いました! もうじきこちらに到着します……来ました!」 彼女の言葉とほぼ同時に車のエンジン音が私の耳にも届いた。一台の軍用ジープが交差した路地からやってきてこちらに並走する。その軍用ジープは最年長らしい男子学生が運転し、後部座席から三人の女子学生がルーフのない車内から身を乗り出している。 三人は死出蛍へと狙いを定め――超能力・魔術の力を死出蛍に向ける。不可視の念動が、極北の冷気が、炎の円盤が死出蛍を攻撃する。不可視の念動は死出蛍の少しだけ後退させ、極北の冷気は死出蛍の速度を若干緩め、炎の円盤は死出蛍を真っ二つに引き裂く。が、あっという間に再び結合して元通り。 要するに効いていないのだ。 「はぁ!?」 ジープを運転していた男子学生が驚愕の声を上げる。ああ、私も驚いた。 「弱いラルヴァだと思っていたが……。 懐中電灯で死滅するくせに異能に対してこれだけ高い耐性があるとはな。 なるほど、5の等級だけでなく下級の等級でも例外だったか」 「だから感心してる場合じゃありませんって!?」 まったく応えた様子もない死出蛍は我々を追い続ける。 「異能が効きづらいとなるとやはり光しか倒す手段はないか……」 しかし、そんな光源をどこから用意すればいいんだか。 「ちなみにそちらはフラッシュグレネードか閃光玉か太陽拳を持ってないか?」 駄目元でジープを運転していた彼に尋ねてみたが、 「ねえよ! つうか太陽拳って技じゃねえか! 天津飯かよ!」 やはり駄目だった。それも今度はツッコミまでついていた。 さて、どうしたものか。まぁとりあえず今すべきは……データ収集か。 「君達、頼みがあるんだがもう一度攻撃してみてくれないか、と」 最初からそのつもりだったのか彼女たちは私が言い終えるころには既に死出蛍を攻撃していた。しかしやはり念動は多少のノックバックをするに留まり、冷気は進行速度をわずかばかり緩めるに過ぎず、炎の円盤は死出蛍を切り裂くもすぐ復元されてしまう。 「……ふむ」 なるほど。なるほど。なるほど。 “二回とも同じだった”。おかげで合体した死出蛍の耐性は大体分かった。推測どおりなら……、 「聞きたいんだが、虫除けスプレーはどこにある?」 「え?」 「さっき虫除けスプレーを持ってると言っただろう?」 「ポーチの中ですけど……」 「少々借りるぞ。あと、悪いが少し動く」 彼女の腰に装着されているポーチを開き、中から虫除けスプレーの缶を取り出す。缶の横面に書かれた『火気厳禁』の注意書きを読み、私はおもむろに懐からライターを取り出す。同時に身体を捻って自分の上半身を死出蛍の方へと向かせる。 「きゃっ! なにを」 「あの生徒が放った炎の円盤が死出蛍を真っ二つにするのを二度見た。 二回ともすぐに修復したのでご覧の有様だが、一時的にとはいえ分裂したのは確かだ。 ではなぜ分裂したのか? 高速回転する円盤が切断したのか? いや違う。運動エネルギー……物理攻撃はエレメントに何のダメージも与えない。 切断したのは……炎の高熱だ」 私はスプレーのノズルの先端を死出蛍に向け、 「高い熱エネルギーを受けることで元々は群体である死出蛍は一時的にその繋がりを断たれる ようだ。無論、またすぐに元に戻るわけだが……」 スプレー缶の手前に点火したライターを添える。 「熱エネルギーを受ければ部分的に合体が解けて分裂して小さくなってしまう。 炎で包める程度には、な」 私がスプレーのトリガーを押し込むとノズルの先端から高圧ガスによってスプレーの微粒子が噴出し、 ライターの火が着火して即席の火炎放射器となった。 「推測どおりだ」 炎の高熱に炙られ、巨大死出蛍がボロボロと崩れだす。バラバラにされたところでまた合体することなど容易な死出蛍の分体はしかし、炎に包まれて徐々に消えていく。なぜなら 「簡単な科学の問題。燃焼という現象のエネルギー変換を説明せよ」 「? えっと、化学エネルギーから熱エネルギーと音エネルギーと……あ!」 「光エネルギーだ」 熱エネルギーで元の小さな光球に分裂した死出蛍を炎という名の光が包み、消滅させていく。私が虫除けスプレーで簡易火炎放射器を作ったのと同様に、車の女子学生たちも虫除けスプレーやヘアスプレーを取り出し、炎の円盤の少女が点火することで火炎放射を死出蛍に噴きつける。 良い子は真似しないで頂きたい。 徐々に徐々に磨り減っていくというのに微生物並みの知能しか持たない死出蛍は我々を追撃することをやめず、結果として総体積を減らし続ける。死出蛍はもう、詰んでいた。 「そういえばこんな諺があったな」 「飛んで火に入る夏の虫、だ」 スプレーの中身を使い切るまで火炎放射した結果、死出蛍は一匹残らず消えてなくなっていた。 「終~了~!!」 ジープを運転していた男子学生のその言葉が合図になって私は彼女の背から降ろされ、生徒たちもようやく終わったと息をついた。 「……まぁ、まだ一つ残ってるんだが」 「残ってるって何がですか学者さん?」 私の独り言が聞こえたらしく彼女が私に尋ねてきた。 「死出蛍の群れが出る前に話していたことだが」 「?」 「死出蛍は通常多くても十匹程度の群れしか作らない。……ある特殊な条件下でなければ」 「その条件って」 「それは“現場”に戻ってから話そう。君、すまないがジープに乗せてくれないか。おんぶを頼むのも気が引けるのでね」 数分後、我々は死出蛍と遭遇した場所であり、被害者たちが殺された場所であるジャングルのアトラクションへと戻っていた。ジープを降りて全員でジャングルの中を歩く。 「おっと……」 逃げるときは背負われていたので気づかなかったが夜間の鬱蒼としたジャングルは中々に歩きづらい。うっかりすると足を取られて転びそうになるので注意しながら歩いていく。 だがそうして歩いていたとき、ぐにっ、と足元から柔らかい感触が返ってくる。 「…………」 “踏んでしまったかもしれない”。 私は恐る恐る足を動かし、今しがた踏んだ地面に懐中電灯の光を当てる。暗いのでわかりづらいが私が踏んだあたりは心なし地面の色が他と違う。それに土の表面が随分と柔らかそうだ。まるで……最近一度地面を掘り返したかのように。 「この事件のことを、もう一度確認してもいいかな?」 「? はい、構いませんけど」 「最初に事件が起きたのは一週間前。この遊園地で働いていた女性従業員が行方不明になった。 翌日、やはりこの遊園地で働いていた男性従業員の姿が終業時刻から見えず、翌朝ミイラに なって発見された。このことから最初に行方不明になった被害者もまた同じように変死して いると見られ、第一の被害者とされた」 「はい、この事件の被害者たちは死出蛍に生気を吸われて殺されたんですよね」 「それなんだがな……第二の被害者と第三の被害者はともかく……第一は違うかもしれん」 「どういうことですか?」 私は彼女と話しつつ、慎重に靴を動かして色の違う土を少しずつどかしていく。 「さっきは途中になったが、死出蛍が十以上の群れを作るには特殊な条件が整っていなければ ならない」 土をどかしていくと、土とは違う若干硬い感触がした……この靴は後で捨てよう。 「その特殊な条件下とは……」 土をどけ終えると、その中からあるものが文字通り顔を出した。それは……、 「新鮮な“他殺”死体が近くにあることだ」 地中の微生物に食われて腐乱した女性の死体。 この変死事件の最初の被害者だ。 翌日、私は双葉学園都市内に借り受けている自分の研究室で死出蛍の事件のことを留守番していた助手に話していた。 「これは私の推測になるが恐らくあの女性を殺したのは第二の被害者だな」 「はぁ、何でですかー?」 「痴情のもつれか、金銭トラブルか、そんな事情は知ったことではないが彼は彼女を殺した。 突発的な殺人だったのだろう。遺体を処分する準備など何もせずに殺してしまった彼は、 ひとまず彼女をあのアトラクションのジャングルに埋めた。準備を整えるまでの急場しのぎ としてな」 「無計画ですねー」 「まったくだ。翌日、遺体を処分する手筈を整えた彼は彼女の遺体を掘りおこすために再び 深夜にあの場所を訪れた。だが運悪く彼女という他殺死体を苗床に繁殖した死出蛍に襲われ、 ミイラ第一号になったわけだ。まぁ、彼に関しては自業自得だな。 可哀そうなのは第三の被害者である警察官達だと私は思うね」 「ご冥福をお祈りしますー」 「しかし、こうして推測を続けたところで殺人事件のほうの真相を知る術はないな。 この事件はラルヴァ事件になってしまったのだから警察としては迷宮入りだ」 どちらにしろ加害者は死んでいる。見方によっては殺された女性が復讐したとも言えるだろう。死出蛍にしてみればただ単に繁殖と食事をしていただけなのだろうが。 「死出蛍は生きている人間の生気を吸って生き、他殺死体を使って繁殖する。 何故他殺死体でなければいけないのかはまだわからない。 殺された人間の怨念でも吸うことで繁殖するのか、それとも単なる習性なのか。 何にしても、傍から見てる分にはまるで死者の魂が蛍に変ずるかのような光景なのだろうな……」 蛍は古くから人魂を連想させる生物だ。以前観た映画でも死者を荼毘に付したときの火の粉が蛍を連想させるシーンがあった。 「センセも死んだら蛍になりますかー? この夏の見ものですねー」 助手の脳内では俺の命は夏までなのだろうか。 「生憎だがそんなに早く死ぬ気はないな」 「私はまだラルヴァを知り足りないのだから」 第一話【死出蛍】 了 登場ラルヴァ 【名称】 :死出蛍 【カテゴリー】:エレメント 【ランク】 :下級C-5 【初出作品】 :怪物記 第一話 【備考】 :ラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァ。 これといった意思も無く現代科学で対処可能だが、 近づくと生気を吸われるのでいるだけで人に被害が及ぶ。 普通は軽い栄養失調になる程度だが稀に死ぬ事例もある。 自分より強い光に包み込まれると消滅する。 懐中電灯を持っていれば子供でも対処可能。 通常は群れても十匹程度だが、他殺死体があると繁殖して数を増す。 過去に確認された動物の死体での繁殖数は百匹ほどだったが、 人間の他殺死体の場合は数千匹を超えることが確認された。 数を増すと集合・合体し一匹の巨大な死出蛍となる。 この状態になっても光が弱点である。 また、強い熱にさらされると一時的に合体が解ける。 ただし、光と熱以外には強い耐性を示す。 登場キャラクター 学者 【名前】 語来 灰児(カタライ ハイジ) 【学年・クラス】 ラルヴァ研究者 【性別・年齢・身長・体重】 男・25・182cm・63kg 【性格】 物事の視点や考えを周囲に左右されない。そして何よりも理屈屋。 【生い立ち】 大学を飛び級で卒業後に日本政府直属の研究所に就職した後にラルヴァの生態研究専門の研究者となる。 【基本口調・人称】 年上に対しても年下に対しても目上に対しても目下に対しても学者然とした順を追ってはいるが回りくどい話し方をする。 一人称:私 二人称:君 一人称複数形:我々 二人称複数形:君達 【その他】 学園都市に研究室を借りて滞在し、能力者がラルヴァと戦う際に同行し、ラルヴァを観察する。 学園都市に来る前からの助手が一人いるが、彼以外誰も姿を見たことがない。 夏でもブラウンのロングコートをはおり、内ポケットにライターや懐中電灯など色々なものをしまっている。しかしフラッシュグレネードと閃光玉と太陽拳は入っていなかった模様。 夏場は保冷剤が仕込んであるのでコートを着込んでいても内側は涼しい。 【久留間戦隊(クルマセンタイ)】 怪物記一話にて灰児が同行したパーティ。 リーダーは久留間走子(クルマ ソウコ)。 五人のパーティメンバー全員が身体強化系の異能力者であり、高速・高機動の連携徒手格闘戦を得意とすることで知られている。そのためビーストには強いが、エレメント、特に接触による生気吸収を行うタイプの相手は鬼門である。 実戦経験は多く、戦績も中程度。 【TeamKAMIO】 怪物記一話にて援軍に到着したパーティ。 リーダーは上尾慶介(カミオ ケイスケ)。 四人のパーティメンバーは異能力者でないカミオと三人の少女異能力者という構成。 上尾の軍用ジープにパーティメンバーを乗せることで足の遅い異能力者をカバーする戦術を取る。 オンロードオフロード屋外屋内を問わず自前のジープで走破する。 その際に公共物を破壊してしまうことも多い。 登場ラルヴァページへ トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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滝沢丈(CN アークジェット) 「姉さんを殺したこの世界をぼくは憎む」 基本情報 スペシャルキャラクター 名前 滝沢丈(たきざわ じょう) 学年・クラス 高等部 1年Z組(予定) 性別 男 年齢 16 身長 167 体重 56 性格 極度のシスコン狂気の少年 生い立ち 聖痕の殺し屋姉を双葉学園の誰かに殺され、復讐のため聖痕に入団 基本口調・人称 柔らかく丁寧な口調。ぼく~きみ 特記事項 双葉学園を憎んでおり、人を殺すことに躊躇をしない キャラデータ情報 総合ポイント 25 レベル 6 物理攻防(近) 8※ 物理攻防(遠) 2 精神攻防 3 体力 3 学力 2 魅力 2 運 1 能力 『電磁加速』 特記事項 なし ※ただしこれは能力発動時のみ普段では戦闘力は皆無 その他詳細な設定 能力:体内の電気を操作、増幅する能力。応用により神経と筋肉の電気信号を操り、肉体と反射神経を極限まで強化できる。電気を飛ばすことは不可能だが、直接手に触れれば電気を通すことは可能。 装備:なし 特徴:肉体的に普通の人間である丈は、この能力を使用したあとは副作用で動くことはできなくなる諸刃の剣。 登場作品 【冥王星でぼくはタンゴを踊る】 シリーズ 作者のコメント 誰かイラスト書いてくれー
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2-1:弓スカは後衛職ではありません よく戦争中に、「弓スカさん前に出てー」と言われた事はありませんか? 前に出たら、敵ヲリに攻撃されちゃうし、弓スカは後衛職なので後ろから撃ってればいいんじゃないの?と思うかもしれません。 正直、それは大きな勘違いです。弓スカは後衛職と思ってる人がいますが、このゲームには後衛職というものが存在しません。 存在するとしたら皿ぐらいなもので、弓スカは味方のヲリと同じぐらいのラインで戦う最前衛職です! そこは間違いの無いように。 ではなぜそこまでして前に出なければいけないのか。順を追って説明します。 2-2:弓スカの戦線での立ち位置 □=敵ヲリ △=敵皿 ■=味方ヲリ ▲=味方皿 △ □ ========== 戦線 ■ ▲ 図1 まず皿は一人で前に出ると、敵の弓に攻撃されて魔法が唱えられません。なので、それを防ぐために、味方のヲリが前に出て味方の皿をサポートします。それは敵も一緒です。さて、ここで問題になるのが弓の立ち位置です。初心者にありがちな位置が次の図です。 □=敵ヲリ △=敵皿 ■=味方ヲリ ▲=味方皿 ●=味方弓スカ △ □ ========== 戦線 ■ ▲ ● 図2 後衛職だと勘違いしてる人はこの位置にいることが多いです。この位置だと、敵ヲリには攻撃が当たっても、敵皿まで攻撃が届きません。 つまり、弓スカの肝心の役割である詠唱妨害がしづらいということです。 さらに先に述べた攻撃被りのおかげで味方ヲリや皿が放った攻撃が自分の攻撃でつぶしている時があるという事が多々あります。 これではどうしようもありません。なので少し前に出てみましょう。 □=敵ヲリ △=敵皿 ■=味方ヲリ ▲=味方皿 ●=味方弓スカ △ □ ========== 戦線 ●■ ▲ 図3 味方ヲリと同じラインに出てみました。これで敵皿に攻撃が届く範囲になり、詠唱妨害が狙えるようになりました。 しかし、大きな問題があります。それは敵ヲリの真正面なため、敵ヲリから狙われてしまうという事です。 無理に敵皿を狙おうとすると敵ヲリからボコボコにされます。下手すると即死すらしかねません。 じゃ、敵ヲリが前にいたらどうしようもないのか、というとそうではありません。次の図の位置が正解の位置です。 □=敵ヲリ △=敵皿 ■=味方ヲリ ▲=味方皿 ●=味方弓スカ △ □ ========== 戦線 ■ ● ▲ 図4 この位置だと敵ヲリから攻撃を食らいづらく、さらに弓スカの射程をいかして敵皿を狙えます。 横から狙う事で、注意しなければいけない視界も狭まるので、敵からの攻撃も食らいづらくといいことづくめです。 ここで敵皿の詠唱妨害に成功すると、敵皿はただ下がっていくだけです。後は突っ込んできた敵ヲリを処理していくだけ。 ヲリは単体でもかなりの強さですが、後ろの援護があってこそ、その真価を発揮します。 その援護がなくなった今、敵ヲリはどうしようもないまま蒸発していく事でしょう。 2-3:まとめ 前に出なければ、弓スカの主な役割である敵皿への詠唱妨害ができない。 ゆえに、味方ヲリを不利な状況で戦わせている事になる。積極的に前に出よう! 前に出る時は戦線の横からを意識しよう!馬鹿正直に前から行くと敵ヲリにボコボコにされるので注意! 横から攻撃する事によって敵ヲリと敵皿を分断するのが、味方に対して大きな貢献をしています! 横から攻撃するのは、敵全体の状況を見やすくするための意味もあります。
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書籍情報 あらすじ 既刊一覧 書籍情報 タイトル 勇者さま育成計画! 著者 徳中庸 イラスト 進藤アラタ 出版社 アルファポリス レーベル レジーナブックス Nコード N3722BG 連載開始 2012年 06月19日 備考 Web版タイトル「ショタ勇者さま育成計画」Web版削除済(2013年 10月21日) あらすじ 300年もの間、魔界に君臨する女魔王エリエル。戦いたいのに、強い相手にめぐりあえない――。側近にそう愚痴るほど、退屈な毎日を過ごしていた。そんなある日、ひょんなことからエリエルは万年レベル1の勇者の存在を知る。興味本位で見に行くと、なんと勇者はわずか8歳の少年! しかも町の男にボコボコにされるほど弱かった。呆れたエリエルだったが、暇潰しにはちょうどいいと、無理やり勇者の師匠になることに。文句を言いつつも、厳しい修行を経て強くなる勇者。彼を見守るエリエルは、やがてある願いを抱き始め……。史上最強の女魔王が、最弱勇者を一人前にする!? ちょっと変わった育成バトルファンタジー。 既刊一覧 タイトル 発売日 分類 ISBN 値段 詳細ページ ストア ランキングデータ 勇者さま育成計画! 2013年 11月27日 一般書 978-4-434-18600-4 1,200円 アルファポリス Amazon honto 書籍データ
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宮城 慧護 「大丈夫だ、なんとかする」 【基本設定】 名前 宮城 慧護 (みやしろ けいご) 学年・クラス 高等部2年18組(R組) 性別 男 年齢 17才 身長 178cm 体重 62kg 性格 比較的真面目だが少しノリの軽い性格。 生い立ち 奈良郊外の代々異能を受け継いできた神社の一人息子。実家の神社では剣道道場も営んでおり幼い頃から剣術に慣れ親しんできた。ラルヴァとの遭遇戦で異能を見出され双葉学園に編入する。 基本口調・人称 一人称は俺。二人称は苗字or名前+さん。親しくなると呼び捨て。口調は年上には基本敬語。それ以外はタメ口。 その他特記事項 積極的にラルヴァ討伐に参加しているようです。 【パラメータ】 総合ポイント:22 数値 パラメータ レベル 7 物理攻防(近) 5 物理攻防(遠) 1 精神攻防 3 体力 4 学力 4 魅力 3 運 2 能力 『月光』魂源力により武器(刀剣類限定)の性質を強化する。名前の由来は刀の軌跡がまるで月の様だったため。超人系。 特記事項 刀剣類を持って無いとほぼ攻撃は不可能です その他詳細な設定 霊刀・水切丸 双葉学園への転入を決めた際祖父から譲り受けた。竜宮の守刀。物理攻防(近)+1 それなりの魂源力(霊力)を持つものが振るえば海を割ることも出来るとかできないとか。 ここぞという時にしか持ち出さず普段は無銘の刀を使用しています。 登場作品 【宮城退魔帳 その一】 【宮城退魔帳 その二】 【宮城退魔帳 その三】 作者のコメント
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ほたる紹介 〓ほたる〓 の成分解析(本名でやった場合) 成分解析結果 83%は下心で出来ています。 4%は黒インクで出来ています。 3%は勇気で出来ています。 2%は波動で出来ています。 2%は気の迷いで出来ています。 2%はカテキンで出来ています。 2%は宇宙の意思で出来ています。 2%は鉛で出来ています。 どうみても性欲の塊です 本当にありがとうございました 〓ほたるスキル〓 :1つのエロゲーを集中的にプレイ :若さを生かして長時間配信(記録更新最長連続52時間 :年齢詐称 :ツンツン :基本配信は不定期(連日配信もあれば、しない時も) どんなひと? 下ネタ多目つ~か「ち○こ」とか「ま○こ」 とかでかい声で言うから音量注意 エロシーン中は自分も自慰行為 もちろんマイクは常時ON 貧乳好き=妹スキー? 初めて泣いたのはほたるの墓
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ラノで読む 完全版をラノで読む A.D.2019.7.11 16 00 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ 「然り」 機械に侵食され、機械と融合し、機械と成ったその玉座で、時逆零次は宣言する。 「この城こそがエンブリオ。かつての我が時間において、世界を破壊せしめた悪夢――嗚呼、だが忌まわしきこの胚も、今の私にしてみれば」 零次は笑う。 「なんとも、素晴らしきものか」 本来、エンブリオの再来はもっと後のはずであった。 だが―― 「ならば、時の針をほんの少し早めればいいだけ――ただそれだけのことだ」 取り込んだ永劫機の力と、吸収し高めてきた膨大な魂源力で、時間を操作した。 そして、今この瞬間に、エンブリオの再来を持ってきた、ただそれだけの事である。 ただそれだけ――言うだけならばなんと容易いことか。現実的に考えれば、全く以って不可能である。 だが、時逆零次はやってのけた。 閉鎖地区の施設、地獄門を媒介にエンブリオを召喚し、そして自らの思うとおりに作り変えたのだ。 時を破壊する為の、巨大なる魔城へと。 「銘は……そうだな。“狂魔宴の夜会(ヴァルプルギスナハト)”――とでも銘打とうか」 魔法使いの夜。 そう伝承に謳われる、悪鬼の夜宴だ。 「零次様」 チクタクマンの一体が、零次に進言する。 「何か? 申せ」 「はっ。此度のエンブリオ召喚、これを双葉学園の連中が黙っているとは――」 巨体過ぎて目立ちすぎる。今頃各地では大騒ぎだろう。 「で、あろうな。先手を打つか。ゆくがよい、我が玩具達よ」 「イエス・ユア・マジェステイ」 A.D.2019.7.11 16 15 東京都 双葉学園 第八封鎖地区 「ここからは瓦礫がひどい! 車で行けないな! 悪いがミスター達、ミーが案内できるのはここまでだゼ!」 現場には、わずか十五分で到着した。 遠野彼方が、友達に電話をかけ、車を三十秒で用意したのだ。 「HAHAHA、ミスター遠野のご用件だ、いつでもOKだぜ! でも風紀委員だけは簡便な!」 そう言って屈強な外人は、大型のジープで皆をエンブリオの近くまで運んでくれた。 ちなみに、負傷と疲労の激しい文乃は、そのまま彼方が病院へと連れて行った。 僕には何も力になれなくて心苦しい、とは彼方の談だそれは大違いである。 時間は一秒たりとも惜しい。徒歩で走ればいったいどれだけの時間がかかったことか。 「でけぇ……っ」 改めてみると、本当に巨大であった。 「さて、どうやってあそこに行くかだけど」 誠司が言う。 「……飛び跳ねて行ける距離じゃないっスね」 市川がエンブリオを見上げて途方にくれる。 「ダイダラボッチの時の戦法……もねぇ」 真琴が言う。あの時は真琴の力でテレポートを繰り返してダイダラボッチへと近づいた。 だが距離が違う。何よりも、あれに直接攻撃を加えればいいというものではない。 中に潜入する必要がある。 「……アールマティも飛べる、が……難しいな」 鶴祁が唇をかむ。 「お姉さま、あれをっ!」 綾乃が指を差す。空に向って。 「あれは――」 落ちてくる。 エンブリオから人が、次々と。 いや、人ではない。あれは…… 「チクタクマン……!」 次々と。 もはや人工皮膚も白い制服も脱ぎ捨てて本性を現した機械人間が落ちてくる。 顔面の時計を、狂ったように動く針と歯車を惜しげもなく披露しながら、それは次々と大地に降り立つ。 それは風に乗り、あるいは翼を広げ――学園都市のいたるところへと。 「あ……あいつら……っ!」 それは爆撃であり、侵攻だった。 エンブリオから生み出されるチクタクマン。 それらが群をなし、双葉学園へと侵攻を開始する。 「くそっ!」 孝和が慌てて、来た道を駆け戻ろうとする。 「待って!」 春奈がそれを制止する。 「でも先生!」 「何処へ行くの? 何処に行ったって……あの敵の侵攻範囲は広すぎる。 私達では絶対に間に合わないし、カバーだって出来ない。 なら……考えるの。私達に出来る最善は何か」 「敵の本体を、潰す。ですね、先生」 誠司が言う。 「そう。学園都市は……他の人たちに任せましょう。信じるの、皆を」 「……そうですね」 「……くそ、無事でいろよっ!」 孝和は妹の安否を気遣いながらも、襲ってきたチクタクマンの顔面を裏拳で粉砕する。 「信じるのよ、みんなを」 真琴はそんな孝和に、そっと言う。 そう、信じるのだ。 ここに居ない皆もまた、それぞれの場所で戦っている。 「みんな、もう話している暇はないっ、とにかく戦って突破口を開く! 私の指示が間に合わない時は各自の判断で!」 金剛の皇女が号令を放つ。 「おうっ!!」 そして、戦いが始まった。 A.D.2019.7.11 16 20 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ チクタクマン自体は、それほど強力なラルヴァではない。 だが、その強さは固体の力よりもむしろ、圧倒的な物量、そして文字通りの機械の様な統制である。 「ふむ」 その動きを眺め、零次は盤上のチェス駒を弄る。 「金剛の皇女……貴女がキングか。なるほど、相手にとって不足は無い」 兵士の駒を弄び、笑う零次。 「だが、我が軍は圧倒的だ。その駒の少なさでどう対応するか……見せてもらおうか、先生……くくく、くははははははは……!」 そして零次は、駒を差す。 A.D.2019.7.11 16 25 東京都 双葉学園 第八封鎖地区 「くそ、きりがないっ!」 誠司が棍で殴り倒しながら叫ぶ。 「全くっス! ここで遊んでるわけにはいかねぇのに!」 今此処に居るメンバーに、広範囲攻撃を使えるものは、精々が綾乃の火炎ぐらいしかない。 それを用いたところで一度に数体、多くて十数体を焼き砕くのが関の山である。 永劫機アールマティの剣や、誠司の棍なども複数を叩くことは出来る。 だが……圧倒的物量を覆し、突破口を開くのは難しすぎた。 『ご主人様』 アールマティが鶴祁に語りかける。 「……ああ」 出し惜しみしていては、ここで潰されるだけだ。 鶴祁は決意する。 その力を使う。時を――加速させる。 「先生!」 鶴祁は叫ぶ。その声で、春奈は鶴祁が何をしようとしているか理解する。 「みんな、退いて!」 だから、春奈は叫ぶ。そして皆、その指示に従い後方に退く。 チクタクマンはその機を逃さず、怒涛と攻めてくる。 「時よ――」 アールマティが剣を構え、身を掲げる。 「疾れ――!」 瞬間。 赤い閃光が走った。 A.D.2019.7.11 16 28 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ 「ほう」 次々と砕けていくチクタクマンの軍勢を眺め、零次は感嘆の声を上げる。 「永劫機の時間を加速させ、巨大な弾丸と化して敵勢を蹂躙する――か。 なるほど、先輩は相変わらず豪快にして、中々どうして」 くっくっく、と笑う。 「ああ困った、これは困った。 なるほどこれではポーンでは太刀打ちできぬ、すぐに鏖殺されてしまう。では……」 零次は、次の駒を手に取る。 A.D.2019.7.11 16 28 東京都 双葉学園 第八封鎖地区 新たに降下する、巨体が三体。 それは、彼らには見覚えがある……否、見覚えがあるものに似ているものだった。 「あれは……」 「永劫……機……だと」 それは3メートルほどの、鋼の巨体。 まさに永劫機であった。 「量産型……というやつか」 量産型永劫機。 エンブリオによって複製され産み落とされたソレは、アールマティに突進する。 「ぐっ……!」 数が違う。アールマティの能力より劣っているだろうそれは、しかし数によって性能の差を覆す。 叩き伏せられるアールマティ。大技を使ったばかりのアールマティに限界が来る。 『すみません、もう……っ!』 機体が解れる。 結合が崩れ、分解し、歯車が胡散霧消する。 「……っ」 だが鶴祁は諦めない。他の皆も同様だ。 「チェックメイトです」 チクタクマンの一体が、足を進めてくる。 「誰が諦めるか……!」 「駄目ですね人間は。合理的でない、知性的でない、何もかもが足りない。この戦力差……少しは考慮してはいかがか」 「それでも……諦められるか!」 鶴祁が叫ぶ。皆も顔を上げ、目で不屈を訴える。 その姿にチクタクマンは失笑する。 「愚かしい……現実を見なさい」 そして、 「――そうだ。戦力差なんて、そんなものが、諦める理由にはならない」 声が響く。 足音が、風に運ばれて届いた。 瓦礫を踏みつける音。ゆっくりと、確実に、力強く。 その少年は、現れた。 「お前は……」 チクタクマンは彼を見る。 それは、ゆっくりと歩いてくる。 その名は。 その名を。 中間達が呼ぶ。 「時坂……」 彼は。 「祥吾……!」 「何の用ですか。咎人が出る出番ではありません。 それとも、我が主と共に、罪を購うためにこの世界を覆す同胞となる決意でも?」 チクタクマンの言葉に、祥吾は答える。 「ああ、確かに俺は罪を犯した。そして、罪を犯すだろうさ。 時坂祥吾(おれ)が世界を滅ぼす――それはきっと事実なんだろう」 祥吾は言う。迷い無く。 「……それがどうした」 祥吾は言う。迷い無く。 「犯した罪は、俺が償う。 犯す罪は、俺が止める! 逃げない、目を逸らさない、諦めない、ああそうだ――それだけだ。 ただそれだけで、よかったんだ!」 それは決意だ。 得た答えだ。だからもう、迷わない。 元々、迷うだけの頭も無い。シンプルに、ただそれだけでよかったと気づくのに遅すぎた。 「だから戦う。今は戦う! 後のことは、それからだ。 今はただ、友達を――神無を助ける! だから――!」 祥吾は口にする。 その言葉を。 託された力を解放するためのシステムワードを。 Kummere dich nicht um ungelegte Eier. まだ産まれていない卵を気にかける必要はない。 Kommt Zeit, kommt Rat. 時が過ぎると、判る事があるのだから。 その銘を呼ぶ。 「擬似永劫機(エミュレイト・アイオーン)――」 光の輪が浮かぶ。二重螺旋の光の輪。 空中に投影される文字。0と1の羅列が、実像を結んでいく。 幻像、幻影。それが半透明のおぼろげな、しかし確かな力と存在感を持つ虚像を造り出す。 それは、正しい意味で永劫機ではなかった。 時を操る力を持たず。 クロームの巨体を持たず。 時を刻む針も持たず。 紛い物の出来損ない。姿形を真似た偶像。模造品のさらなる劣化品。 だがそれでも――そこには力と意志が存在する。 自我はなくとも、確固たる意志。創りしものの意志。託されしものの意志。 戦う力が。 此処に――――在る!! 「ウロボロス……ファントム!」 それは、尾を喰らう無限/夢幻の蛇。 その名を冠された、幻影にして亡霊である。 力ある幻像。投影される虚像。 青白く輝く、無機質な装甲に覆われた、電子時計仕掛けの大蛇。 永劫機ウロボロスファントムが吼える。 祥吾の腕時計のデジタル数値が、急激に動く。九九九九の表示が急速に減少していく。 これは――所有者の時間を消費しないのだ。 込められた時間を消費して稼動する。だが――それゆえに、使い捨ての永劫機。 まるでインスタントカメラだ。フィルムを使い終わればそれで終わり。 なるほど、確かに欠陥品だ。 だがそれでも、だからといって、役立たずというわけではない。 役目は果たせるのだ。果たすのだ。 まるでインスタントカメラだ。フィルムを使い切ったとて――そのフィルムにはその軌跡が記される。 決してそれは、無為でも無駄でもないと知れ。 今、この瞬間のためにこそ、ウロボロスファントムは生を受けた! 祥吾の意思を受け、ウロボロスファントムが走る。 「なんですか、その紛い物はっ!」 量産型永劫機が走る。 腕をあげ、捕えようとするそれらを、ウロボロスファントムはすり抜ける。 蛇のように、するりと。 「っ!?」 そして後方から、大蛇が唸りをあげるかのように――その脚をしならせ、回し蹴りを叩き込む。 電磁を纏ったその一撃で、一体が破壊される。 残りの二体が振り向き、腕を振るう。 それを身をかがめて回避。下段から、頭部に向って腕を伸ばし、掴む。 ウロボロスファントムは、蛇だ。そして蛇とは、毒をもつものである。 故に、ウロボロスファントムもまた毒を持つ。機械を狂わせ、破壊せしめる電磁波の猛毒。 たとえ電子頭脳等の精密機械を持たぬ、歯車と捻子で動く機械であろうと、その強力な電磁波は用意にその金属に磁性を持たせ狂わせる。 それを、掴んだ頭から叩き込む。電磁波を全身に流し込まれ、量産型永劫機は機能を停止し倒れる。 最後の一体が襲い掛かる。 振り向きざまに、手刀を胴体に叩き込む。 量産型といえど、永劫機。ならばその本質もまた同じ。 腕を胴体にねじ込み、中に仕込まれた核たる時計を掴み……抉り取る。 そして、引きずり出した時計を握りつぶす。 まさに一瞬であった。 三体の量産型永劫機は、またたく間に破壊され沈黙した。 「すげぇ……」 感嘆の息が漏れる。 「それは……一体」 「もらった」 「……もらったぁ?」 「ああ」 言いながら、祥吾はウロボロスファントムの顕現を解く。 出しているだけで有限の時を消費していくものだ。無駄遣いは出来ない。 「つーか遅いんだよボケ。心配かけさせんな!」 「悪い、ごめん」 「ごめんですんだら風紀委員いらねー。メシおごりな」 「いやそれは流石に!」 緊張感が抜けたのか、くだらない言い合いが始まる。 「まったく……」 それを春奈は苦笑して見て―― 「……! うしろっ!!」 叫ぶ。 だが間に合わない。 そして、地面から生えた巨大な腕が、祥吾の体を掴みあげた。 「新手……っ!?」 「な……降下は、まだ」 「いや……あれはっ!」 エンブリオから振ってきたのではない。 破壊され、地に伏せたチクタクマン達の残骸が組み合わさり、新たな量産型永劫機――いや、巨大チクタクマンとなったのだ。 それが祥吾の体を掴みあげる。 「が……あああっ!」 祥吾は叫ぶ。全身が砕けるかのような苦痛が襲う。意識が遠のく。 「祥吾くんっ!」 「時坂ぁっ! ……くっ、てめぇら邪魔すんじゃねえっ!」 次々と、残骸が組み合わさり、チクタクマンが再生していく。 『ふはははははは! 潰れなさい人間っ! 醜く、トマトのようにねぇっ!』 「くそ……っ、駄目か……駄目なのか……っ!!」 「――いや、充分だ」 その時、静かな声が戦場に響いた。 『――え?』 チクタクマンが素っ頓狂な声を上げ、そして消滅する。 閃光が迸る。巨大な、そして膨大な魂源力の奔流が、祥吾を掴む腕を残し、敵陣を蒸発させる。 圧倒的破壊力。 まるで冗談の様な一撃だった。 これほどの破壊力を行使できるのは、双葉学園でも数少ない、いや――二人といないだろう。 祥吾の体が瓦礫に落ちる。チクタクマンの手から開放され、咳き込む。 涙目になりながら祥吾は見上げる。 夕日を背にして立つ、白く頼もしい巨体。双葉学園のかわいらしい守護神。 ――式神、十二天将が一柱、白虎。 「よく耐えてくれた。すごいぞお前達、私は感動した」 その巨大な白い背中に仁王立ちするは、小柄な体。 小柄でありながら、誰よりも大きな存在。 凛とした鈴のような声が、戦場に強く高く響き渡る。 「お前達は諦めなかった。この圧倒的な敵勢力を前にしてなお、諦めることをしなかった。 だから、我々が間に合った!」 宣言する。 讃える。 彼女は、学園の仲間たちの奮闘を心より褒め称える。誇りに思い、打ち震える。 だからこそ。 我々もまた、学園を背負い、戦えるのだと。 そして、だからこそ――もはや勝利は揺ぎ無いのだと。 「――ゆえに! この場は、お前達の勝利だ!」 七人の人影が、頼もしく立つ。 醒徒会長、藤神門御鈴。 副会長、水分理緒。 広報、龍河弾。 書記、加賀杜紫穏。 会計、成宮金太郎。 会計監査、エヌR・ルール。 そして、成宮金太郎のボディーガード、頼れる黒人のアダムス。 学園最強・絶対無敵の名を冠する、双葉学園醒徒会! 「俺たちだけじゃねぇ。色んな所でみんなが頑張ってる。こんなガラクタどもに、俺たちの学園を好き勝手にさせやしねぇ!」 龍河が吼える。 チクタクマンを殴り飛ばしながら。 「早瀬が各地区に走り、状況整理と増援、応戦を呼びかけている」 ルールが言う。 彼の言うとおり、今頃はいたる所で交戦が始まっているだろう。 学園を守るため。 誰かを、何かを、大切なものを守るために―― それぞれの戦いが。 「この圧倒的物量。だが――我々にかかれば、さほど問題ではない」 跳躍し、遅いかかるチクタクマン。 それを――あっさりと、回し蹴りの一撃で次々と破壊、いや――分解し消滅せしめるルール。 「だが、いかんせん細かい事情は判らない。故に根本的な対処も難しい――だが、お前達ならそれも可能なのだろう?」 「え……?」 「だったらここは俺たちが受け持つ!」 巨大な量産型永劫機を、その腕力だけで叩きふせ、踏みつけて破壊する龍河。 「復活とか知った事かよ! ようは片っ端から――それこそ復活できねぇようにブチ壊せばいいだけだ!」 「相変わらずの脳筋だな――だが、此処に限ってはそれは正解だ」 龍河とルールが次々と接近戦でチクタクマンを破壊し、そして白虎が口から光線を吐いて粉砕していく。 「春奈先生、貴女には私達の指揮をお願いします」 理緒が水で次々とチクタクマンを沈めながら、春奈に言う。 「先生はオレ達んところに。アダムス達がばっちりと護衛すっからよ」 「HAHAHAHA! 任セテクダサーイ! ボディーガードハコンナ時ノ為ニイルノヨ! HAHAHA!!」 「オウイエース! ザッツライ! オーケーイ!!」 「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」 でかい黒人達が力こぶを見せる。実に頼もしい。 でも春奈にしてみたらラルヴァよりよっぽど怖かった。そんな場合ではないと思いつつもちょっぴり涙目になる。 春奈・C・クラウディウスはひとり、故郷を想った。 「さて……」 次々と降下してくる敵の軍隊を御鈴は見る。 「しかしウジャウジャとまあ……」 「俺たちが出てきたんで焦ったか?」 「だろうな」 「問題は、どうやって敵の本陣に乗り込むかだが……」 「はいはーい! そんな時こそアタシの出番っさぁ!」 紫穏が元気に手を上げる。 「いやお前じゃない座って……いや、待てよ。そうか、なるほど」 ルールが納得する。 「そーゆーこと。ねぇまこっちん、アタシがまこっちんのチカラを増幅したら……」 「! そうか、加賀杜の異能でテレポート能力を増幅すれば……!」 大人数、長距離の瞬間移動とて可能になる。 エンブリオへと届けることぐらい、造作も無いことだ。 「話は決まったようだな」 敵軍団を白虎ビームで焼き払いながら、御鈴が言う。 「ならば行って来い! 双葉学園の生徒たちの強さ、目にもの見せてやってくるのだ!!」 A.D.2019.7.11 16 50 東京都 双葉学園第八封鎖地区上空 エンブリオ その中は不気味、の一言だった。 機械なのか、生物なのか、天然なのか、人工なのか、よくわからない。 どれでもあってどれでもなく、全てが正しくそして間違っている。 そのような矛盾に満ちた構成が無秩序に正しく行われている。 そして、さらなる違和感がここにはあった。 「時間が――止まってる」 「ああ、おそらく……メフィストフェレスの時間堰止結界と同じ」 そう、このエンブリオ内部は時間が停止していた。 「待てよ、だけど俺、動いてるぞ?」 敬が声を上げる。 そう、敬は異能者ではない。なりゆきと勢いで此処までついてきてしまったが…… そもそも、メフェイトフェレスの結界は、異能者や中級以上のラルヴァ以外の時間を止めるのだ。 それにおかしいこともある。 時間が止まっているのに、なぜ次から次へと、この巨大要塞はチクタクマンを……ラルヴァを生み出しているのだろうか。 「駄目だな、考え足りてねぇ。招待されてんだよ、お前ら」 「な……っ」 声が響く。嘲るような少年の声だ。 一段高いところにこしかけ、眺めてニヤニヤと笑っている。 人間のものではない、亀裂のような魔性の笑顔をその貌に張り付かせて。 祥吾はその声の主を見て、その名を言う。 「……アリギエーリ」 「へぇ、覚えてた? その通り。D.A.N.T.E.部隊長、【月に吼えその身を凍らせる人】アリギエーリ。 ヨロシクな、人間ども」 「その言い方。あんたもラルヴァってワケっすか」 「ご名答。つーても駄目だな。この期に及んでそれもわかんねーとただのバカだし」 ゲラゲラとアリギエーリはあざ笑う。 「口が過ぎますわ、アリギエーリ」 妖艶な女性の姿が天井から現れる。 「初めまして皆様方。私は【膨れ上がる視界に踊る女】のベアトリーチェと申します」 逆さのまま、恭しく挨拶をするベアトリーチェ。 「ここは零次様の支配下です。零次様は、貴方達を主賓として迎えられると決められました。 故に、一般人であろうと、この場に敷かれた時の制約よりは開放されるという事」 「……そいつぁありがたいこって」 敬は唾を吐く。 「ただし……それなりの手土産はいただきたいとの事」 最後に、床から盛り上がるように、精悍な男が現れる。 「自分は、【跳躍する黒き獅子獣】ウェルギリウスにございます」 「手土産……?」 「戦いを。我々との戦いさ。ああ、そうそう。ヤング零次……いや、ショーゴ、だっけ。 お前にゃもっと面白い相手を用意してるからさ、そっちにいけよ」 「面白い相手……?」 いぶかしがる祥吾。 だが、ウェルギリウスが手をかざした瞬間、その術中に嵌る。 「っ、これは……っ!」 祥吾はその感覚に覚えがある。先日と同じ転移能力だ。 「おい、祥吾っ!」 孝和の声も虚しく、祥吾の姿はかき消える。 「ちょ、あんたらっ! 先輩を何処にやったのよっ!」 綾乃が叫ぶが、三体の部隊長はただ笑うだけだった。 「っ、ここは……っ」 空間転移の反動の眩暈から回復する祥吾。 頭を振りながら周囲を見回す。 先ほどと特に変わらぬ光景のようだが……それでも別の場所であるということは判る。 「ようこそ、我が玉座へ」 「っ!」 その声に祥吾は聞き覚えがあった。 忘れようも無い不快な声だ。 自分自身の声を録音して再生する時に感じる、なんとも言えぬ違和感と不快感。それに酷似した、近親憎悪の響き。 「時逆……零次」 「然り」 振り向き、祥吾は再び対峙する。 いつかこうなる自分自身と。 零次は再び相対する。 かつてこうだった自分自身と。 「――舞い戻って来たか、我が過去よ。では聞こうか。私と共にこの世界を救う気は」 「寝言は寝て言え」 「……無い、か」 さも当然の事を聞いてしまった、かのように苦笑する。 「頑迷よな。世は若いほど柔軟と言うが……違うのだ。若いほどに現実を知らず、若いほどに己を知らぬ。 故に何でも出来ると妄念に憑かれ、己が道を変えようとせなんだ。滑稽、実に滑稽。わが身ながら、笑えるほどに滑稽であるぞ」 「黙れ、老害」 「酷い言われようだ」 「神無を返せ。神無はてめぇの道具じゃねぇ」 「道具だ」 零次は顔色ひとつ変えず、言い放つ。 「そも永劫機とは、人によって造られた道具に過ぎぬ」 「下らん問答する気はねえ……神無を返せ!」 「……悲しいな、こうまで会話が通じぬとは。まあよい、彼女がお望みならば逢わせてやろうではないか」 零時が指を鳴らす。 その音に合わせて地面が隆起し、そして檻が現れる。 神無は繋がれていた。鎖に惨たらしく。 「神無っ!」 「時坂……さんっ」 安堵の表情を浮かべる神無だが、すぐにその表情が悲痛なものへと変わる。 理解しているのだ。もう、自分がどういうモノなのかを。 時逆零次の野望のための道具であるという事実を。 「っ、こ……こないでくださいっ! 私は……あなたをっ!」 殺したくない。 そう神無は叫ぶ。 「てめぇ……」 「何を憤る。さあ、返してやろうではないか。だがその代わりと言っては何だが――」 零次は立ち上がり、そして手を大きく振りかざす。 「踊るがいい、王子と姫君よ。そのワルツで私を愉しませてくれ」 零次の瞳に凶光が灯る。 祥吾は慌てて、ウロボロスファントムを顕現させる。 だが、零次もまた――その言葉を放つ。 ――この地上に二人の暴君在り。 汝が名は、偶然と時間なり。 零次の口から言葉が紡がれる。 それは呪文。それは聖約。それは禁忌。 そう、彼女自身に封印された時計仕掛けの悪魔の機構を開放するキーワード。 「あああああああああああああああああああああああっ!!」 絶叫する。 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ―― そして神無の全身が黒く染まり、瞬間―― 力が、爆現する。 全長4メートルの巨体。 チクタクチクタクと刻まれる漆黒の闇の巨躯。 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。 群れとなり作物を喰らい尽くす、死の蝗を連想させるシルエットは禍々しく。 ギチギチ、とその牙が餓えを訴える。 食わせろ、と。ただただ飢餓を振りまき、周囲の者に根源的恐怖を撒き散らす。 それは捕食者。全てを喰らう暗黒の深淵。 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、 時計仕掛かけの悪魔―― 「永劫機……アバドンロード。征くがよい、堕ちたる太陽にして深淵の王よ」 『GRIREEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAA!!』 アバドンロードが金切り声で吼える。 触れたものを、存在した時間ごと喰らい消去させる――アバドンの蝗が、ウロボロスファントムに向かって放たれた。 大量のチクチクマンが襲い掛かる。 これでは地上での戦いの焼き直しだ。 単純で芸が無いが、それゆえに厄介な数の暴力。 「くそっ……! 急がなきゃなんねぇのに……!」 チクタクマンを蹴り倒しながら敬が言う。 「きりがねえっ!」 孝和が焦りながら叫ぶ。 その姿を、三体は悠然と笑いながら見下ろす。 「愚かだねぇ、人間は」 「ええ、本当に」 「無様で滑稽だ」 笑う。哂う。時計人間が笑う。 「くそ……っ!」 誠司が棍で叩き伏せながら歯軋りをする。 遠い。 「こんなところでぇ……っ!」 綾乃の炎も、もう力がつきかけて広範囲に放つことが出来ない。 そこに、第三者の声が割り込んだ。 「ああそうだ、お前達は先に行け」 そして――銀の床を砕き、黒い杭が生える。 「な――!?」 それは森。黒い森だ。 赤く黒い黄金の支柱で出来た森が――チクタマクマンたちを貫き、そして道を作る。 「これは――」 その道は、はたして罠ではないのか――そう一瞬思えるほどの、禍々しい兇の気配。 だが、どの道此処は敵の胎の中。 ならば進むしか道は無い。そう決断し、走る。 「っ! 逃がしませんわ!」 ベアトリーチェが跳ぶ。 だがその瞬間、ベアトリーチェの目が視るのは、さらなる凶悪な気配。 閃く銀の殺意。 すんでの所でそれを避けるベアトリーチェ。 「――惜しい、ね」 黒いマントがはためく。 「何者」 走り去った獲物たちを見て舌打ちをしつつ、ベアトリーチェは憎々しげに唸る。 「……ボクはジョーカー。世界の敵を倒しに来た」 それは道化。 それは世界の意志の代行者。 世界の敵を破壊せしめるもの、異能殺しの狂的道化師。 怪人ジョーカー。 「……世界! はっ、世界ですって!」 ベアトリーチェは哂う。 「否定される恐怖が貴方を生み出し使わした……ってことかしら? いいわ、そこまで言うのなら」 妖艶に、凄絶に。 ベアトリーチェは牙をむく。 「見極め暴いて犯して嬲って否定し尽くしてあげましょう!!」 「で? 僕の相手はオマエがするのかい?」 アリギエーリは言う。 この森の主に向って。 「ああ、そうなるな」 木陰から現れるのは――右腕を黒き黄金で鎧った、騎士。 金の瞳と黒い瞳が、アリギエーリを見据える。 戒堂絆那。またの名を、寓話騎士。 狂った物語を狩る、死神だ。 「――カハッ」 アリギエーリは嘲笑する。 「どうやって此処に来て、何を血迷ったか知らないが――ああ、いいさ」 指を差し、狂相に浸り目を剥き、叫ぶ。 「手足(チカラ)もぎ千切って芋虫みてぇに何も出来なくして踏み潰してやるよァ!! 人間ッ!!」 「――」 同志同胞同属たる二体がそれぞれの新しい獲物と遊戯に耽る中、ウェルギリウスは歩く。 逃がしたものは捕えねばならない。 そしてそれは自分一体が在れば可能である。 空間を跳躍する。 そして、足で走る地虫たちを追い―― さらなる空間の断裂が、ウェルギリウスの空間転移を阻害する。 「ッ!!」 通常空間に叩き落されるウェルギリウス。 そしてそこに相対するのは―― 「貴方は、確か……」 「ほう、覚えていてくれたか?」 獣を象った蒼き鎧の騎士。 【ワンオフ】No.189……その名を、ナイト。 「ええ。もしや生きていようとは……些か恐れ入りました」 「生憎と、生き汚くてな。何度も死に損なっては生き恥を晒してる。 だが……それでも生き残ったからには、やることがあるんだろうよ」 「それは如何なる御使命で?」 ナイトは剣を構える。 「決まってる。……悪鬼を断つが騎士の定めだ」 「いいでしょう。ならば……」 ウェルギリウスは慇懃に礼、ひとつ。 「二度と戻ってこれぬよう、全身バラバラにして因果地平の彼方まで送って差し上げます」 黒衣が翻り、縦横無尽に宙を舞う。 まるで重力をものともせぬかのように、ジョーカーは跳び、刃を振るう。 だが―― 「視えていましてよ」 その悉くは、掠りもしない。 常に一歩先を読んでいるかのように、ベアトリーチェは優雅に舞い、あざ笑う。 「私は監視能力者。貴方の動きは視えてましてよ? どう動くか、何処から来るか、何処へと行くのか。 全て私の掌の上ですわ」 道化がどれほどトリッキーな動きで霍乱しようとも――その全ては見られている。 そもそも、トリッキーな動きでフェイクを織り交ぜるという戦い方は、相手に動きを見せず、ついて来させないというのが常道である。 だがベアトリーチェの前では、その全ての動きが把握される。 見られてもなお、ついてこさせなければいい――確かにそれも道理である。だが、基本的な身体能力もベアトリーチェが上回る。 故に―― 「ちっ!」 複数のナイフを生み出し、次々と投げる。 だがその無数の動きさえも、ベアトリーチェはひと目視ただけで看過し、その全てを回避する。 三百六十度全方位をナイフで埋め尽くしたとしても、彼女は回避しきるであろう。 因果を歪めてでもいるのかのように、その狂気じみた回避行動は美しい。 「くっ!?」 ジョーカーの背後に、妖艶に微笑む気配が発生する。 それは耳元に息を吹きかけ―― 「遅すぎ」 蹴りを叩き込む。 「ぐあっ!」 脊髄が軋む破壊力。そのままジョーカーは壁に叩きつけられる。 「く……っ」 地面に倒れ付すジョーカー。肉体能力の差はいかんともしがたい。 「無様、ですわね」 ベアトリーチェはくすくすと笑う。 「世界の敵を破壊すると――おっしゃいましたわね? よろしいですわ、見せてあげましょう。その世界の敵とやらの、真の姿を」 ベアトリーチェの体が、膨れ上がる。 全身が黒く混沌の色に染まり、髪が高質化し、まるで巨大な……例えるなら女王蟻の胎のように膨れ上がる。 彼女自身の腹も膨れ上がり、巨大な独眼が腹部の皮膚を引き裂いて現れる。 生物的でありながら、カメラのレンズのようにキリキリと動き、ピントをカシャカシャと合わせてくる冗談のような光景。 その在り方そのものが狂気であった。 「これが【膨れ上がる視界に踊る女】の真なる貌――」 落ち窪み、闇に染まり、顔の無い、無貌が嘲笑う。 黒い剣と白い剣がぶつかり合う。 剣の腕は、アリギエーリが格段に上だった。 「オラオラオラオラぁっ! どうしたよ人間ッ! でけぇ口叩いてソレかぁっ!」 アリギエーリが乱暴に剣を叩きつけながら哂う。 流麗とも精緻とも言いがたく、技と呼べるものではない乱暴な剣。 だがその速度と力、単純なその二点において、アリギエーリは圧倒的に絆那を上回る。 「ち……っ!」 絆那は飛び退き、そして地面に剣を突き刺す。 そして――伸びる。根がエンブリオの床に根付き、そして床を砕き次々と棘が伸びる。 だが―― 「駄目っつってんだろがオラァっ!」 アリギエーリの絶叫。 ただそれだけで……その技がかき消された。 「キャンセル能力……だと」 「ああそうさ、オレは能力をキャンセルし、限定し、封印し、解除する限定能力者、抑制能力者だ。 オレの前では能力者は丸裸にされる。 異能の拡大解釈による多彩な技? 許すかよンなもん。シンプルに行こうぜ。 技もなにもねぇ、純粋な力の勝負だ――」 アリギエーリの姿が絆那の視界から消える。 次の瞬間、眼前にアリギエーリは現れ、哂う。 「な……っ」 「だから遅せぇって」 膝蹴りが絆那の鳩尾に叩き込まれる。 「げ……ぇっ!」 「オラよっ!」 ついで、剣の柄で背中ょ強打。絆那は床に叩きつけられ、そして頭部を踏みつけられる。 「ギハハハハハハハハハハっ! 弱いぞ、弱すぎんぞクソ人間! さっきまでの威勢ァどうしたよオラァッ!」 蹴りを叩き込む。踏みつける。何度も何度も、哂いながら。 「あー、くそうぜぇ。愉しませてくれよオイ……つーかまあ今更か、ただの人間がよ」 唾を吐くアリギエーリ。 「……ふん、しゃあねぇ、どうせだ」 そしてアリギエーリは、醜く顔をゆがめ、そして胸を掻き毟る。 「徹底的にツブす、オレの真の姿でな。 その異能の全てを剥ぎ取って封じてやるよ。そして無力感かみ締めて惨めに死ね」 アリギエーリの体が歪む。 メキメキと捩じれながら、黒く混沌の色に染まっていく。 捩じ狂う、手足の生えた螺旋の円錐―― 「これが【月に吼えその身を凍らせる人】の真なる貌――」 落ち窪み、闇に染まり、顔の無い、無貌が嘲笑う。 振るわれる巨大な剣、しかしそれはウェルギリウスの素手で受け止められる。 金属と金属のぶつかり合う音が耳を打つ。 「っ……!」 受け止めながら、ウェルギリウスは嘆息し、首を横に振る。 「もういい」 「何……っ」 「結構で御座います。貴方では私に勝てません」 「なんだと……!」 「事実で、御座います」 次の瞬間。 鎧が砕かれ、吹き飛ばされ、転移させられる。いずこかへ。見知らぬ場所へと。 「……っ」 「ほう」 兜が落ちる。その中から現れたのは青年の顔。 その顔を知る者は少ない。 シズマ・ノーディオ卿。 かつて、北神静馬の名で、エンブリオに挑んだ戦士だ。 それが再び、エンブリオと遭遇し、その胎に入るとは――なんとも宿業である。 「……」 ここに、他の人間がいなくて助かった、とシズマは思う。自らの正体は知られてはならない。 だが――今はそうこう言っていられる場合でないのもまた確かだ。 「成る程、成る程。真の姿ですか。では私も披露したほうが、フェアというものですね」 「な――に?」 「真の姿、真の力を持って。貴方を因果地平の闇へと消滅させてあげましょう――」 ウェルギリウスの体が砕ける。 ぼろぼろと表皮が割れ、中から混沌の黒に染まる巨体が現れる。 黒い獅子、その頭部からせり出すファラオの姿。 「これが【跳躍する黒き獅子獣】の真なる貌――」 落ち窪み、闇に染まり、顔の無い、無貌が嘲笑う。 「――――!?」 ベアトリーチェは、それを視た。 視てしまった。 「な……っ!」 慌てて能力を解除する。だが遅い。 視てしまったのだ、垣間見てしまった、そしてその異能ゆえに――触れてしまった。 ジョーカーの、本質に。 そこにあるモノに。 「何よ……オマエ」 ジョーカーは何もしていない。動いてすら居ない。 ただ、微笑んでいる。 その道化のメイクの下で、ただ微笑んでいる。 それが――なによりも恐ろしい。 恐怖。馬鹿な、ありえない。この膨れ上がる視界に踊る女(みまもるもの)が恐怖を抱くだと!? 「何なの……あんた、いっTaゐ……・」 砕ける。ひび割れる。腐る。 ベアトリーチェが狂う。全身が崩壊していく。 圧倒的、宇宙的質量のそれに触れてしまった以上、もはやベアトリーチェだったモノに、己を保持する事など不可能だ。 「a……ギAgA……・・――ッ/・」 恐い。 恐い。 ただ恐い。 ただただ恐ろしい。 あれは――人間じゃない。そんなモノではない。 視るのではなかった。触れるのではなかった。 そうして、ベアトリーチェは、崩れ、錆び付いたガラクタとなり、機能を停止した。 「……」 それをただ、立ち上がったジョーカーは、見下ろす。 亀裂のような、笑みを顔に貼り付かせて。 「!?」 アリギエーリの胴体に衝撃が走る。 「な……んだよ、これは」 貫いている。 体を、一本の……樹が。 「っ、ざけんな! オレはてめぇの力を完璧に――」 封じた。閉ざした。 完璧に、戒堂絆那の異能を封じ込めた。 ――そこに、間隙が在ったことを、アリギエーリは知らない。 グリムと呼ばれる、現象体ラルヴァ。それと共生し、同化し、操る事こそが戒堂絆那の異能の力。 それを閉ざした今――グリム、【吸血黄金樹】は開放された。 侵食し枯渇させ、血を、力を、魂源力を喰らう寄生植物。 そして此処はまさしくエンブリオ。 餌に満ちている。 故に広がる。故に喰らう。 そして、アリギエーリを侵食し、枯渇させる。 その欲望のままに、ただただ――喰らう。 「ギ……ざ、けんじゃねぇ……っ、クソ、クソクソクソクソクソがぁッッッ!!」 叫び、身をよじる。だが、全身を侵食する黄金の根は、アリギエーリから力を吸い取る。奪う。枯渇させる。 力の源たる魂源力を吸われれば、その能力も使えない。 そして使えた所で――この決着は覆せないのだ。 何故なら、これは黄金吸血樹の生態だ。ただ喰らい奪い啜り飲み尽くすというだけの、ただの生態に過ぎぬ。 どれだけ能力を封じることが出来ようと、ただの生態を止める事は出来ぬ。 故に――ここに、 「ギ…………グ…………ガァ―――――」 アリギエーリは、枯れ果て、そして崩れ去った。 「な……に?」 ウェルギリウスは瞠目する。 消えない。消え去らない。 能力が――通じない? 否、通じないのではない。 ただ、シズマが対抗した。ただそれだけのことである。 ウェルギリウスの転移能力に対抗するには――簡単だ。 抗うのではない。 自ら、転移し続ける。空間を支配し、ここに在り続ける事を行使する。 ならばあとは、ただの根性比べ。 そして根性比べなら――負けるつもりはない。 幾度と無く死線を潜り抜けてきたのだ。あの一九九九年の死闘から。 そして守り、勝ち取ったこの時間を、否定し覆そうとしている者に――根負けする道理など無い。 なぜならば。 覆そうとしている時点で、現状に耐えられなかったという何よりの証左ではないか! 故に――負ける道理など無い。 シズマはゆっくりと歩く。今のこの瞬間を肯定し続け、全力全霊を持って、在り続ける。 「馬鹿な……何故!」 何故跳ばぬ。何故消えぬ。 否定する否定する否定する否定する否定する否定する否定する、 拒絶する拒絶する拒絶する拒絶する拒絶する拒絶する――! だが、ウェルギリウスの全力は、シズマに及ばない。 及ぶべくもない。 その事実に恐慌する。 「何故だぁああああああっ!!」 「何故も糞もねぇ――」 シズマは剣を構える。 「ただてめぇが、弱かっただけだ――!」 ウェルギリウスの巨躯が、空間ごと切り裂かれる。 「ギィィィア――――――――!!」 空間ごと砕け、ウェルギリウスは消滅した。 トップに戻る 作品投稿場所に戻る